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日本から初の日本人マスター・オブ・ワイン グローバル化への一歩

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ヴィノテーク2015年10月号掲載

 日本人のマスター・オブ・ワイン(MW)がついに、日本から誕生した。酒類専門店の山仁酒店(宇都宮市)の大橋健一社長が、ワイン界の最難関の試験に合格した。24か国に340人しかいない世界の頂点に立つ称号を、名前の後につけられる。
 MWは戦後、ロンドンのワイン業界の教育目的で始まり、世界に広がった。BB&Rのジャスパー・モリスらワイン商が中心で、ジャーナリストのジャンシス・ロビンソン、ワイン・アドヴォケイトのリサ・ペロッティ・ブラウン編集長のほか、オリヴィエ・ウンブレヒトら生産者、ジェラール・バッセやマルクス・デル・モネゴら世界最優秀ソムリエも取得している。日本人では英国在住の田中麻衣さんに次いで2人目。日本からは、現在はオーストラリア在住のネッド・グッドウィンに次ぐ。
 MWの受験希望者は2ステージの学習プログラムを修めた後、実技(試飲)と理論の試験に挑戦できる。試験に合格すれば、論文を提出し、審査に通れば、「MW」を名前の後につけられる。試飲と理論が極めて難しい。ジャンシス・ロビンソンMWは合格率が10%とファイナンシャル・タイムズ紙で書いた。1度に両方の合格は難しいため、通常は2年かけて1つずつクリアする。
 ブラインド試飲は、世界最優秀ソムリエコンクール決勝と同等か、それ以上の能力を求められる。ソムリエは料理との相性が着地点だが、MWはマーケットとの関連を問われる。2014年は、ミラヴァル・ロゼとジョージアのオレンジワインについて、生産方法、品質、商業的な可能性の比較を問う問題が出た。ミラヴァルは短時間のスキン・コンタクトとダイレクト・プレスを併用し、オレンジワインは長期間のスキン・コンタクトで造る。そこはおおまかにカバーできても、品質を評価して、市場の可能性を述べるのが難しい。
 「思い付きでは駄目です。例えば、シャンパーニュが出たら、新興市場のモザンビークやナイジェリアのクラブで可能性がある点に言及する」と大橋MW。そのためには、シャンパーニュの世界市場を知っておく必要がある。私がシャンパーニュの記事を書くと、彼はすぐに出典となったシャンパーニュ委員会のデータを求めてきた。日ごろから情報を収集しているのだ。
 スピードは必須。12銘柄の試飲に対する持ち時間は2時間15分。1つのグラスににかけられるのは1分。秒殺の世界だ。それを想定して訓練を積んだ。受験生の3分の1は最後まで答えられず、その場合は不合格になるという。「あてにいくのではなく、つみにいく。何となく、国や品種から入るのではなく、白ワインなら、アロマティック品種かニュートラル品種かを決める。ニュートラルと決まったら、冷涼な気候か、pHはどうか、産地は北か南か、オークは使っているのか。これらを1分以内に判断する。ワインにインタビューする感じです」
 理論はまた別の難しさがある。大橋MWが合格した2014年には、「スキンコンタクトの長さが、発酵前、発酵中、発酵後に、ワインのスタイルと品質に及ぼす影響」という問題が出題された。「つい赤ワインの問題としてとらえますが、それでは不十分です。ロゼもオレンジワインもあるし、スキンコンタクトしない赤ワインもある。多彩なアングルを示さないといけません」
 分野は広い。栽培、醸造だけでなく、ビジネス、時事問題も最新の知識が必要となる。持ち時間は60分。大橋MWは2010年からの250問を各60分で解く訓練を積んだ。
 メンターのネッド・グッドウィンMWは「ケン、この問題が何を求めているかわからないか?」とよく聞いてきたそうだ。大橋MWは「最初は狙いどころか、正解かどうかも自信がなかったが、試験を受けるころにはおさえるべきポイントが見えるようになった」と明かす。
 理論では一部に日本語を使って答え、MW協会の翻訳に頼ったが、試飲の回答や学習プログラムはすべて英語だ。大橋MWは語学留学したわけではない。英語のネイティブではなく、現場で習得した。ワイン百科事典「オックスフォード・コンパニオン・トゥ・ワイン」などの基本文献は記憶するほど読んだ。最新の4版では「Japan」の項目を執筆している。ロンドンで、日本酒を関心の深いMWたちに教授するかたわらで、トレード関係者のネットワークを広げた。家族経営する山仁酒店やコンサルタント業、国際ワインコンクールの審査員なども忙しいが、時間を見つけて、勉強に集中した。受験体制に入ってからは、何をしていても試験のことが頭らから離れなかったという。
 「MWとの飲み会で、おとなしくしていると、つまらない人間だと思われる。疲れていても明るくふるまったり、わからないジョークでもまじめに聞く。MWに必要なのは、知識もさることながら、マネージメント能力やネットワーク力です」
 それと、向上心とモチベーションの高さも欠かせない。普通の人間は、WSETのディプロマを取得して、ワイン業界で地位を築けばそこで満足してしまう。多忙な日常に流されず、最高峰を目指すという硬い意思を持ち続けるのは容易ではない。 
 20年前、田崎真也氏がソムリエの世界一になり、日本ワイン界に朝が訪れた。東京五輪を前に、世界に通用するMWが生まれ、日本ワイン界はグローバル化への一歩を踏み出そうとしている。

肩書は当時のまま

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