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ワイン・コンペティションの意義

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プロモーションと教育


2019年「ソムリエ」171号


日本ワインを世界地図に載せるには
コンペティション入賞が大切

 

 ワインのプロ必携の「ワールド・アトラス・オブ・ワイン」第8版が2019年10月初め、手元に届いた。分厚いこの本は、最新の世界のワイン地図を切り取っている。といっても、単なる産地紹介の地図帳ではない。一度出版されると5年近くは更新されないから、各地の専門家が威信をかけて、原稿を寄稿している。


 どの国の、どの産地が取り上げられているか?その産地に何ページが割かれているか?産地を代表する旬のワインは何か?


 勢いのある産地の現状や最新のトレンドなど多くのことが読み取れる。ヒュー・ジョンソンとジャンシス・ロビンソンが編者に名を連ねるこの専門書は、世界のワイン勢力図を読み解く大図鑑でもあるのだ。


 日本編は大橋健一MWと藤本良子さんが執筆した。ページ数は、2013年に出版された第7版と同じく、2ページで変わっていない。中国は2ページから3ページに増えたというのに。


 近年の日本ワインブームにわく愛好家の中には、もう少し増えてもいいのではと思う人もいるかもしれない。大橋MWにも、長野や北海道を詳しく紹介したいという思いがあった。第7版でフォーカスした個別の産地は山梨だけだった。ジャンシスに、増ページをお願いしたところ、答えは「ノー」だった。


 9月に長野・塩尻市で開かれたインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)「ワイン・コンペティション・マスタークラス」で、彼がその経緯を語った。


 ジャンシスの返事はこうだった。


 「日本のワイン産地は、世界的に見たらまだ認知度が高くありません。ページを増やしたいのなら、大規模なワイン・コンペティションでアワードをとるようなワインを増やすことね。ゴールドメダルを受賞するようなワインがたくさん出てくれば、世界のバイヤーが動き出す。そうなれば注目度が高まる」


 このマスタークラスは、長野のワイナリーに、ロンドンで開かれる世界最大級のワイン・コンペティションIWCへの出品を呼びかける狙いで開かれたものが、出席した生産者たちには、コンペティションの意義が十分に伝わったようだった。


入賞ワインはすぐに売り切れ
スーパーで目立つメダルのステッカー


 IWCでゴールドメダルをとったワインは、まだ国内販売が主体とはいえ、実際に大きなプロモーション効果を発揮している。シャトー・メルシャンの「シャルドネ アンウッデド 2015」の売り上げは40%増えた。「サントリー 登美 2013」は、従来より短期間で売り切れた。日本ワインコンクールに入賞したワインが、すぐに売り切れるのは既によく知られている。


 IWCは2019年2月、イギリス国内の小売店で、IWCのメダルのステッカーをつけたボトルの売れ行きが増加しているという調査結果を発表した。イギリスのマークス&スペンサーとCo-opの店舗で、「ゴールド」「シルバー」「ブロンズ」「コメンデッド」のメダル・ステッカーを貼った100本以上のボトルを、4週間にわたり観測したものだ。


 その結果、Co-opのゴールドメダル・ステッカーのボトルは200%売れ行きが増した。IWCのグレート・ヴァリュー・ウイナーは476%増えた。ゴールド、シルバー、ブロンズ、コメンデッドのすべてのステッカーを総計すると、24.1%の増加だった。


 また、シルバーメダルを受賞した南アフリカの「Kendal Lodge Cabernet Sauvignon Merlot 2016」は、マークス&スペンサーで700%の売り上げ増を記録した。


 イギリスのワイン販売事情は日本と異なる。消費者は一般的に、スーパーマーケットでデイリーワインを購入する。大量に並べられたワインの中で、コンペティションのステッカーを貼ったボトルは目立ち、売れ行きに結びつく。


 話は少しそれるが、コストパフォーマンスにうるさい消費者を確実につかまえるため、スーパーはPBブランドに力を入れている。マスター・オブ・ワインのワインメーカーらをコンサルタントに起用して、ヴァリューに優れたワインを造って、店舗でプロモーションする。


 そうしたワインやシャンパーニュが、コンペティションや専門誌で、大手生産者を押しのけて、メダルや高い評価を受けることも少なくない。サム・ハロップMWも、最年少の31歳(当時)でMWに合格した際は、マークス&スペンサーのワインメーカーだった。


 その後は各地のワイナリーでコンサルタントを務め、メダルワインを生み出している。IWCのコ・チェアマンを務めていた時期もあり、メダルをとれるワインに必要なことがわかっている。


ワイン・ツーリズムにも貢献
インバウンド増加の可能性


 コンペティションの役割は売れ行きだけではない。ブランドを構築できる。受賞すれば、生産者のモチベーションが高まるのは言うまでもない。日本ワインからメダルワインが増えれば、各国のジャーナリストが取材に訪れる。メディアの露出が増えれば、日本のワイン・ツーリズムが高まり、インバウンドの増加につながる。


 ナパヴァレーは世界的なワイン・ツーリズムの聖地だが、2018年に385万人の訪問客が訪れ、ナパカウンティ内で22億3000万ドルの消費を創出した。ワイナリー訪問客は、セラードアでワインを買う。中間の流通を省けるため利益率が高い。


 米国でのセラードアや通販を通じての消費者への直接販売は、重要な役割を果たしている。 「Wines Vines Analytics」がまとめた2018年の米国全体のワインの消費者への直接出荷レポートによると、総額は30億ドルの大台に乗った。


 「コンペティションで入賞ワインが増えれば、『勝沼』や『塩尻』という産地名が、世界で普通に語られるようになる。私も日本人として、日本ワインがもっと世界に広がってほしい」と大橋MWは心情を吐露する。日本の産地名がボルドーやブルゴーニュのように語られるようになれば、我々も誇らしい気持ちになる。


3つのタイプに分かれるコンペティション
審査方法と審査員の品質が重要


 ワイン・コンペティションといっても、様々なタイプがある。重要なのは審査方法と審査員の品質である。日本も含めて世界には多くのコンペティションがある。各地で審査員を務めた大橋MWによると、大別して3つのタイプがある。


 ひとつがOIV方式。日本ワインコンクールで採用されている。最高点と最低点をカットして、平均点をとる。万人受けするワインが選ばれるため、生産者や消費者の同意を得やすい。その反面、際立った個性のあるワインが外されるリスクがある。


 例えば、オレンジワインを審査する場合、オレンジワインの経験値が少ない審査員が含まれていると、低い点数をつける可能性があり、議論が分かれるケースもある。 


 もうひとつが、イギリスのワイン雑誌が主催する「デキャンター・ワイン・アワーズ」に代表されるオーソリティ方式。これは、各産地のテーブルにスペシャリストがいて、そのリージョナル・チェアが審査を主導する。ロンドンで開かれた「デキャンター・ワールド・ワイン・アワーズ 2019」には36人のリージョナル・チェアがいる。1万6000本のワインを237人の審査員が審査した。


 リージョナルチェアは、ブルゴーニュがアジア初のマスター・オブ・ワインであるジェニ・チョ・リーMW、ボルドーはデキャンターのボルドー担当記者のジェーン・アンソン、オーストリアは世界最優秀ソムリエのマルクス・デル・モネゴMW、スイスも世界最優秀ソムリエのパオロ・バッソ……各地を専門とするビッグネームが名を連ねている。審査員にもマスター・オブ・ワインやマスター・ソムリエが含まれる。


 審査員の能力が高いのは間違いないから、優れたワインが選ばれるのは間違いないが、リージョナルチェアの権限が強いため、リーダーの引っ張る方向に流れがちなリスクがあるという。


 インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)は、多彩な意見を反映させる民主的な運営を特色としている。5人ずつのチームがテーブルについて、第一段階のラウンド1では、「Out」(アウト)、「Commended」(コメンデッド)、「Medal」(メダル)の3段階で評価する。評価がアウトとメダルに割れる場合もあって、その場合は議論して、各テーブルのパネル・チェアマンが意見をまとめる。


IWCでは審査員が繰り返して試飲
セーフティネットが存在


 毎年4月にロンドンで行われるIWCのSAKEとワインの審査に参加している。どのように審査が行われるか紹介しよう。


 集合は朝9時。ポロスタジアム内の会議場で審査は行われる。ワイン優先なので暖房はなし。足元が冷え込む。タイツとコートは欠かせない。イギリス人の常で、クロワッサンとコーヒーを飲んで、一気に本番に突入する。


 審査は3段階にわたる。ラウンド1は5人ずつのチームが24のテーブルに分かれる。テーブルにはパネル・チェアマンがいて、チームの意見をまとめて評価を確定する。メダルのワインはラウンド2に進むが、注目すべきはメダルにもれたワインの扱い。「アウト」か「コメンデッド」と評価されたすべてのワインを、別テーブルにいる6人のコ・チェアマンが試飲して評価を確定する。


 ラウンド2では、メダルに選ばれたワインがゴールド、シルバー、ブロンズのどれに相当するかを審査する。ここでも、コ・チェアマンはゴールド、シルバー、ブロンズのメダルを含むすべてのワインを再試飲し、評価を検証する。


 ラウンド3では、「ゴールドメダル」と評価されたワインを審査するトロフィーラウンドが行われ、コ・チェアマンが再び試飲して、地域別、国別などのメダル、チャンピオントロフィーなどを決める。


 このシステムで重要なのは、アウトやコメンデッドなど審査にもれたワインをカバーする”セーフティネット”が存在するということ。各テーブルのパネル・チェアマンはほぼマスター・オブ・ワインで、判断に間違いはないはずだが、それでもコ・チェアマンが確認をする。


 6人のコ・チェアマンは、ジェイミー・グッド、ティム・アトキンMW、ピーター・マッコンビーMW、オズ・クラークら世界的に有名なテイスターばかり。秒殺でワインの品質を評価できるパレットの持ち主が最終関門となっている。審査員の能力を確認し合う厳格な評価システムもある。「IWCには45人のマスター・オブ・ワインが参加しているが、私自身も評価されている」と大橋MW。

 

 IWCのSAKE部門の審査も、同様のシステムをとっている。


 SAKEのコ・チェアマンの楠田卓也さんは「トロフィー選定の際には、パネル・チェアとコ・チェアによりすべてのゴールド受賞酒が再審査されます。メダル受賞酒は少なくとも10人以上、ゴールドは少なくとも20人以上が試飲していることになる。異なる審査員の何重にもわたるチェックによって、本当に質の高いSAKEだけが選ばれる仕組みになっています」と語る。


1日100本を試飲
勉強になる審査員


 ワインの試飲では、香り、バランス、テクスチャー、長さ、個性などを総合的に判断する。腐敗酵母(ブレタノマイセス)や過度な酸化のあるものはアウトとなるが、ブレットについては、ごく軽くて複雑性を与えているものは許容される場合もある。樽が強すぎて統合されていないものもアウト。産地と品種は明かされるので、その個性にそぐわないものももれる。


 フランスの主要産地はもちろん、世界中のワインが登場する。IWCでメダルをとって名を上げようとしている新興産地も多い。アルバニア、モルドバ、ルーマニアなど日本にあまり輸入されていないワインも多い。


 シャンパーニュはほとんどが「メダル」となる傾向があるが、そんなに楽しいフライトはめったにない。葉茎がギシギシする強烈なタンニンのワインや、アルコール度が15%近い南仏のワインもある。


 メダルに相当するワインは、審査員のほぼ全員が同意する。話は難しくない。明確な欠陥のあるワインもほぼアウトになる。難しいのは、「コメンデッド」か「メダル」かに迷うものだ。ほかの審査員と意見が異なる場合は、その理由を説明する。自分の意見を根拠とともに主張するため、正確さが求められる。


 昼食をはさんで、午前と午後で約100本を試飲して審査が終わるのは午後3時すぎ。ビールで口をニュートラルにしたくなる。ワインはもういいという感じだ。


 ボルドーのプリムールで1日に試飲する量とほぼ同じだが、審査するワインが違う。プリムールに登場するワインは基本的に高品質なグランヴァンだ。完成度は高い。オープンで試飲するから、素性もわかっている。IWCでブラインド試飲するワインは玉石混交。プリムールが星付きレストランとすれば、IWCの審査は何が出てくるかわからない深夜の暗がりの屋台だ。集中力と体力を要求される。


 それでも審査員を務めるのは、試飲能力が鍛えられるのと、各国の審査員とのネットワークが広がるからだ。偽造ワイン鑑定の権威として有名なモーリン・ダウニーも、サンフランシスコから飛んでくる。


 高額な鑑定料のとれる鑑定家で、歴史的な銘酒とその偽物を経験してきた彼女が参加するのもパレットの保持と楽しさからだ。「ワイン鑑定の仕事とは無関係。私はワイントレードの出身。ワイン評価をするのは純粋に楽しい」と語る。


 2017年4月期の審査には約500人の審査員が参加し、55か国から約1万5000銘柄のエントリーがあった。イベント・ディレクターのクリス・アシュトンは、IWCが独立した第三者的な機関によって国際的なスケールで運営されている点を強調する。


 「審査は独立性が保たれ、スポンサーへの配慮も必要ない。我々はプロモーションと教育に力を入れている。ワインのことをよく知らない大半の消費者をターゲットに、市場で手に入るワインを評価する。イングリッシュ・スパークリングは早い段階で品質を評価し、流行の先駆けとなった。SAKE部門を11年間続けてきて、世界的な飲み物にするのに貢献した」


多彩になるオフ・フレーバー
消費者への教育も大切な役割


 ワインの品質評価は難しい。私が2019年9月に東京でセミナーを開いた際も、英国のジャーナリスト、ジェイミー・グッドと様々な話をしたが、醸造手法の変化によって、新たなオフ・フレーバーが生じている。彼は科学者で、理論的な分析に定評がある。


 例えば、「ジオスミン」(geosimin)は、コルク臭に似たアーシーで、マスティな臭いがする。penicillium expansum(青カビ)がもたらす微生物的な欠陥で、湿度の高いヴィンテージに出やすい。汚染されたブドウを発酵から外すしかない。


 ネズミカゴのような臭いを放つネズミ臭(mousiness)も浮上している。やや甘くて、アーシーな臭いがする。グラスを回すだけではわかりにくいから厄介だ。口中にいれて少したたないと、とらえにくい。乳酸が引き起こすもので、pHの高い発酵を避けて、十分な亜硫酸を添加することによって避けられる。酸化的な熟成やろ過・清澄を抑えて造る自然はワインに出やすい。


 こうしたオフ・フレーバーのワインを除外するのはもちろんだが、ワインの本質的なバランスや産地の個性を表現しているかも審査の判断基準となる。ワイン・コンペティションは教育も重要な目的だ。


 ワインがやっかいなのは、開けるまで品質がわからないことだ。


 パーカーポイントが高くても、それが飲み手の好みに合うかどうかわからない。友人の口コミに頼るのもいいが、いつも信頼できるとは限らない。プロやヘビー・ユーザーには、オフ・フレーバーが判別できるかもしれないが、ほとんどの消費者にとってワインは気楽に楽しみたい飲み物だ。産地を気にしなくても、野菜や魚が楽しめるように、ワインをカジュアルに飲みたいという人々がほとんどだろう。


 そこで、重要なのが、大勢のプロのパレットを経ているワイン・コンペティションの入賞ワインだ。審査員の能力が高く、審査が厳密に行われれば、ワイン・コンペティションのメダルは信頼に足る目印となる。日本にもっとワイン・コンペティションが広がり、入賞ワインが増えることが、ワインのさらなる普及にも役立つのはまちがいない。
 
 

IWCのこのテーブルのパネル・チェアマンはキャシィ・ヴァン・ジルMW。大橋健一MWの メンター
ワイン・コンペティションのマスタークラスのために来日した、イベント・ディレクターのクリス・アシュトン(右)と中国担当のCrystal Xiao(左)、大 橋健一MW
ワイン鑑定家モーリン・ダウニー(左)もサンフランシスコからロンドンに飛んでくる
ブラインドで審査
IWCのワインのテイスティングシート
韓国のコンペティションで出会ったトップソムリエ。マスター・ソムリエを目指すSoo Min Cho(スー・ミン・チョ)=左=さんとHee Sung Pak(ヒー・サン・パク)さん

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