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シェフ・ド・カーヴ大異動 産業構造を読み解く

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大手6メゾンで玉突き人事
発端はパイパー・エドシック

 

日本ソムリエ協会「Sommelier」175号掲載


 シャンパーニュでは、2018年から2019年にかけて、メゾンのシェフ・ド・カーヴの大きな人事異動が起きた。世代交代が進むと同時に、女性のシェフ・ド・カーヴも増えた。その背景を探ると、現在のシャンパーニュの産業構造も見えてくる。


 ちょっと長くなるが、2018年からの大手メゾンの主な異動を振り返ってみよう。パイパー・エドシックは2018年5月、セヴリーヌ・フレルソンをシェフ・ド・カーヴに任命した。


 レア・シャンパーニュが独立したブランドとなり、レジス・カミュがシェフ・ド・カーヴに就任するのに伴って、パイパー・エドシックで14年間、カミュと共に働き、パイパー・エドシックとシャルル・エドシックのシャンパーニュ造りのアシスタントを務めてきた彼女が昇格となった。


 ところが、彼女はわずか4か月で、ペリエ・ジュエに移籍した。36年間にわたってシェフ・ド・カーヴを務めたエルヴェ・デシャンの引退に伴って、ペリエ・ジュエが8代目シェフ・ド・カーヴとして彼女をヘッドハン
ティングしたのだ。


 パイパー・エドシックの後任は、キャティアで2014年からアルマン・ド・ブリニャックを手掛けてきた若きエミリアン・ブティアが就任した。


ヴーヴ・クリコとローラン・ペリエに波及
シェフ・ド・カーヴが短期間で異動


 シャンパーニュの主要メゾンは、大手資本の傘下にあるケースが多い。パイパー・エドシックとシャルル・エドシックはフランスのEPIグループの傘下にある。クリスファー・ディスクール率いるEPIは、靴のJMウエストン、子供服のボンポワンなどのファッションブランドのほか、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノのビオンディ・サンティも所有する。


 一方のペリエ・ジュエはウイスキー、スピリッツ、コニャックも所有する巨大飲料グループだ。EPIは品質に
優れた企業グループではあるが、ペルノ・リカールの方が規模は大きい。


 次なる波は、ラグジュアリー・グッズやファッションブランドが集まる巨大企業「LVMH」傘下のヴーグ・クリコに押し寄せた。2019年5月、ドミニク・ドゥマルヴィルが、ローラン・ペリエに移籍し、引退するミシェル・フォコネの後を継ぐニュースが現地で広まった。


 ドゥマルヴィルはマムのシェフ・ド・カーヴを経て、2006年に引退するジャック・ペテルスの後任として、ヴーヴ・クリコに参画した。リザーヴワインの発酵・熟成にフードルを導入し、長期熟成したレア・ヴィンテージを発売するなど、老舗メゾンに新風を吹き込んだ。


 ローラン・ペリエはサロン・ドゥラモットとド・カステラーヌを傘下に抱く4番目のメゾンだが、ヴーヴ・クリコはモエ・エ・シャンドンに次ぐシャンパーニュ2番目のメゾンだ。スケールだけで比べると、移籍の理由はよく見えない。


 メゾンのシェフ・ド・カーヴは昔から、引退するまで務めるのが普通だった。ローラン・ペリエには、戦後に4人のシェフ・ド・カーヴしかいない。ミシェル・フォコネが引退したアラン・テリエから、シェフ・ド・カーヴを引き継いだのは2004年だが、ローラン・ペリエに参画したのは1973年。一生をローラン・ペリエに捧げたのだ。近年のシェフが途中で移籍するニュースを聞くと、意外な感じが先に立つ。


マムとアンリオにも連鎖人事


 ドゥマルヴィルの移籍で、玉突き人事が起きた。彼の後任はペルノ・リカール傘下のマムから、ディディエ・マリオッティが来ることが7月に発表された。マリオッティは、モエ・エ・シャンドン、ニコラ・フィアットを経て、2006年にマムに参画。2009年から、ドゥマルヴィルの後任としてシェフ・ド・カーヴを務めていた。これは違和感のない異動だった。


 1つ椅子が空けば、別の人間がそこに座る。さらなる連鎖人事が発生したのは9月のこと。アンリオのローラン・フレネが、マムのマリオッティの後任になることが明らかになった。


 フレネは2006年からアンリオのシェフ・ド・カーヴを務め、プレスティージュのキュヴェ・アンシャンテルールに代わるキュヴェ・エメラを開発し、世界最大級のコンペティション「インターナショナル・ワイン・チャレンジ」(IWC)のスパークリング・ワインメーカー・オブ・ザ・イヤーを2015年と2016年の2年連続で受賞した。


 2015年に亡くなった総帥ジョセフ・アンリオの信頼も厚く、メゾンの品質を向上させた。マムの親会社ペルノ・リカールの規模の大きさに惹かれたのか。本人に聞かないと、理由はわからない。


 最後に残されたのは、アンリオのローラン・フレネの穴を埋める人事。クリュッグの醸造家アリス・テティエンヌの就任が12月に決まった。30歳のテティエンヌは国家認定醸造士(BTS)を有し、クリュッグのテイスティング・コミティーのメンバーだった。


 ボルドー、ブルゴーニュ、プロヴァンスで経験を積み、ローラン・ペリエ、ニコラ・フィアートを経て2015年にクリュッグに参画した。Master Vine and Terroir、Master Wines and Champagneの資格も持っている。生産量のブドウの80%を占める栽培農家との関係を担当してきた。


クリュッグに女性シェフ・ド・カーヴ誕生
ドン・ペリニヨンも世代交代


 これで大手メゾン6社の人事異動は終わったが、それとは別に重要な人事が2つあった。


 1つがクリュッグ。醸造家のジュリー・カヴィルが、エリック・ルベルの後任のシェフ・ド・カーヴに就任する人事が10月に内示された。エリック・ルベルはプレジデントのマギー・エンリケスCEOと共にマネージメントを担当し、開発やマーケティングなどを行う。


 カヴィルはブルジュ出身。子持ちで広告業界から進路を変えた、国家認定醸造士(BTS)を取得した。モエ・エ・シャンドンとドン・ペリニヨンのインターンを経て、2006年にクリュッグに参画。最初はクロ・デュ・メニルに配属された。


 論理的な語り口で、話し相手に好感を与えるチャーミングな女性だ。エンリケスも子ども2人を抱えながら、ハーバード大でMBAを取得したスーパー・ウーマンだから、優秀な女性を登用したのは当然だろう。


 もう一つがドン・ペリニヨン。「プレニチュード2( P 2 )」や「プレニチュード3(P3)」など革新的なキュヴェを創造してきたリシャール・ジョフロワが、2018年に引退し、2019年1月からヴァンサン・シャプロンが醸造最高責任者として活躍している。何度も来日しているのでおなじみの顔だ。


 IT産業のライバル企業間でヘッドハンティングがあるのはわかる。ボルドーでも有能な技術責任者が、格付けが上のシャトーに引き抜かれる例はある。ワインを飲めば才能は一目瞭然だ。格付けシャトーはしのぎを削って競争しているが、それだけにライバル・シャトーの動きには敏感だ。


 シャトー・ムートン・ロートシルトのフィリップ・ダルーアンは2002年夏、ヘッドハンターからの電話を受けた。ダルーアンはサンジュリアンのブラネール・デュクリュの品質を立て直したことで知られていた。


 数か月後、パリでバロネス・フィリピーヌ・ド・ロスチャイルドの面接を受け、引退するパトリック・レオンの後任となった。


栽培農家のブドウに依存するメゾン
農家とのコミュニケーションが重要


 ボルドーの技術責任者もシャンパーニュの醸造責任者(シェフ・ド・カーヴ=セラー・マスター)も、高品質ワインを大量生産するという点で、大変な仕事だが、生産の仕組みと産業構造が異なる。


 ボルドーの格付けシャトーは自社畑から生産する点で、ブドウ栽培からワイン醸造まで一貫した体制がとれる。技術責任者の下には、栽培と醸造の責任者がいて、すべてを監督している。


 シャンパーニュの場合、メゾンの自社畑比率は、ルイ・ロデレールのように最も高いところで70%前後、ヴーヴ・クリコのような1200万本を出荷する大規模メゾンでは20%にとどまる。シャンパーニュの栽培面積3万4000ヘクタールのうち9割は約1万6000軒の栽培農家が所有していて、メゾンが所有するのは残り1割にすぎないが、メゾンのシャンパーニュ販売量は全体の3分の2をカバーしている。


 そのため、メゾンはブドウを売ってくれる栽培農家との関係を重視している。


 「グランクリュのブドウはどのメゾンも欲しいが、栽培農家はどのメゾンに売るのも自由だ。栽培農家とのつきあいは数世代にも及ぶ。機嫌を損なわないようにつきあっている」ある大手メゾンの関係者が明かした。


 農家は自分のブドウが、高級なシャンパーニュとなって、世界で飲まれるのを誇りに思っている。メゾンはその矜持を大切にし、収穫祭でシャンパーニュをふるまって遇する。メゾンの顔となるのは、シェフ・ド・カーヴである。農家との関係を構築するためには、コミュニケーション能力の高さも求められる。


先を読んで商品開発
ブランド・アンバサダーの役割も必要


 それだけではない。シャンパーニュは熟成に時間のかかる飲み物だ。新商品のためのプロジェクトを始めても、世に出るのははるか先の話となる。ルイ・ロデレールのジャン・バティスト・レカイヨンが、ノンドゼの「ブリュット・ナチュール」を思いついたのは猛暑の2003年。デビュー作の2006年が市場に出たのは2014年だった。


 ノンドゼのシャンパーニュが、近年ブームだが、商品開発には10年先を読む目が求められる。


 シャンパーニュの醸造技術は、ボルドーと同じく日進月歩だ。瓶詰め時のジェッティング、瓶内熟成時のクロージャー、ドザージュに使うリキュール……ディテールだけでなく、品質やトレンドを考慮しながら、長期的な設備投資も求められる。


 ポル・ロジェは今でこそ、世界で最も称賛されるシャンパーニュ・ブランドのトップになったが、2000年代までは前社長パトリス・ノワイエルが認めていたように、品質が低下していた。


 15年間で30億円もの投資をして、小型ステンレスタンクで行う精密な醸造を徹底し、正確さが増した。


 また、シェフ・ド・カーヴには、ブランドを広めるアンバサダーとしての役割も増している。年の初めから3月まではアッサンブラージュに忙しく、6月から10月までは栽培・収穫・醸造に忙しい。


 残る期間は世界を駆け巡って、メゾンの哲学や新しいキュヴェの魅力を広める。その役割は輸出やマーケティングの担当者では不十分で、シェフ・ド・カーヴが口伝てで伝えるしかない。


 パイパーのブティヤはランスの劇団に所属している珍しい醸造家だ。よくしゃべり、パフォーマンスをまじえてワインを説明する。32歳。プレゼン能力も必要なのだ。


5大グループが系列化
能力ある人材が限られる


 また、背景にはキャッシュフローがよくないため、メゾンが系列化されて5大グループを形成する業界の構造が存在する。売り上げの上位から、LVMH、ヴランケン・ポメリー・モノポール、ランソンBCC、ローラン・ペリエ、ペルノ・リカールと並ぶ。


 このうち、大きなシェアを誇るのが、モエ・エ・シャンドン、ドン・ペリニヨン、メルシエ、ルイナール、ヴーヴ・クリコ、クリュッグを傘下に抱えるLVMHだ。ループの2018年のシャンパーニュ出荷量は6490万本で、全体の22%を占める。ヴーヴ・クリコの醸造家だったシリル・ブランが、シャルル・エドシックのシェフ・ド・カーヴになるなど、多くの人材を輩出している。


 巨大な産業に見えて、これまで述べたような能力を有する人材は限られるから、一握りの人物に大手メゾンの指名が集中する。その結果、ピンボールのような玉突き人事が生じたのだ。


かつては長かった引き継ぎ時間


 一連の動きを眺めていると、シャンパーニュ業界も、時の流れが速くなったと思わされる。メゾンのスタイルの保持は重要だから、かつてはシェフ・ド・カーヴが引き継ぎにかける時間は長かった。ヴァンサン・シャプロンは、ドン・ペリニヨンの栄光を28年間保ったリシャール・ジョフロワのそばで13年間もアシスタントを務めた。


 ドン・ペリニヨンの歴史の中で「最高の10年間」と言われる2000年代後半に共同作業をし、1921年から造られてきたすべてのヴィンテージの味わいを共有した。世界で最も有名なメゾンのレガシーを引き継ぐには準備期間がそれだけ必要ということだろう。


 ドミニク・ドゥマルヴィルは2006年にヴーヴ・クリコに着任して、ジャック・ペテルスと共に3年間働いて、2009年にようやくシェフ・ド・カーヴとなった。


 現在のシェフ・ド・カーヴは異動してすぐに仕事を始めて大丈夫なのかと思わされるが、チームでの仕事分担がきちんとなされていて大丈夫なのだろう。


 モエ・エ・シャンドンのブノワ・ゴエズは、2019年10月の来日時に「収穫直後のベースワインの試飲が始まるこの時期に来日することはありえない。でもこれは半年前から決まっていた。私がいなくても、作業が秩序だてて進む体制ができている」と語っていた。


 そうでないと、年間2000万本を超すシャンパーニュを安定して生産できないのだろう。


醸造と試飲能力優れる技術者
女性シェフ・ド・カーヴの台頭


 
女性シェフ・ド・カーヴが増えてきたのも新しい現象だ。シャンパーニュに限らず、マッチョな体質のワイン産業ではあるが、ほかのワイン部門でも女性が指揮するワイナリーは増えている。


 シャンパーニュには、ヴーヴ・クリコ、ボランジェ、ポメリーなど未亡人がメゾンを発展させてきた歴史がある。彼女らはオーナーとして、企業を発展させたが、シェフ・ド・カーヴは技術者だ。


 ペリエ・ジュエのフレルソン、クリュッグのカヴィル、アンリオのテティエンヌはいずれも醸造士の資格を有し、着実にキャリアを重ねてきた。フレルソンとカヴィルは、複雑なブレンドで造られるマルチヴィンテージのクリュッグのテイスティング・コミティーに属してきたのだから、試飲能力は折り紙付きだ。


 このコミッティーは毎年、ブラインド・テイスティングによって、グランド・キュヴェのアッサンブラージュを決める。表現力、果実の熟度やストラクチャーなど5つの基準に基づいて、コメントを出し、デジタル化され将来にも役立てられる。ごまかしはきかない。


 ジョセフ・ペリエのナタリー・ラプレイジュ、アヤラのカロリーヌ・ラトリヴら、ほかにも女性シェフ・ド・カーヴは登場している。性別でシェフ・ド・カーヴを語ること自体が無意味な時代がすぐそこに来ている。


9つの大手メゾンのシェフ・ド・カーヴの人事は次の通り。

ペリエ・ジュエ
エルヴェ・デシャン引退
後任はセヴリーヌ・フレルソン(パイパー・エドシックの前シェフ・ド・カーヴ)

パイパー・エドシック
セヴリーヌ・フレルソンがペリエ・ジュエへ移籍
後任はエミリアン・ブティア(キャティアの前シェフ・ド・カーヴ)

ドン・ペリニヨン
リシャール・ジョフロワが引退
後任はヴァンサン・シャプロン(前アシスタント・シェフ・ド・カーヴ)

ジョセフ・ペリエ
ナタリー・ラプレイジュがジェローム・デルヴァンの後任に

ヴーヴ・クリコ
ドミニク・ドゥマルヴィルがローラン・ペリエへ移籍
後任はディディエ・マリオッティ(マムの前シェフ・ド・カーヴ)

ローラン・ペリエ
ミシェル・フォコネ引退
後任はドミニク・ドゥマルヴィル(ヴーヴ・クリコの前シェフ・ド・カーヴ)

マム
ディディエ・マリオッティがヴーヴ・クリコに移籍
後任はローラン・フレネ(アンリオの前シェフ・ド・カーヴ)

アンリオ
ローラン・フレネがマムに移籍
後任はアリス・テティエンヌ(クリュッグの前醸造家)


クリュッグ
シェフ・ド・カーウのエリック・ルベルが副社長に昇格

 

メゾンの5大グループ


LVMH
Moet & Chandon、Dom Perignon、Mercier、Ruinart、Vouve Clicquot、Krug

ヴランケン・ポメリー・モノポール
Vranken、Pommery、Heidsieck & C° Monopole、Charles Lafitte、Bissinger & C°

ランソンBCC
Lanson、Besserat de Bellefon、Boizel、Chanoine、Philipponnat、De Venoge、Alexandre Bonnet

ローラン・ペリエ
Laurent-Perrier、De Castellane、Salon-Delamotte

ペルノ・リカール
Mumm、Perrier-Jouet

クリュッグのシェフ・ド・カーヴとなったジュ リー・カヴィル(左)とアンリオのシェフ・ド・ カーヴとなったアリス・テティエンヌ(クリュッグで)
ヴーヴ・クリコからローラン・ペリエに移籍したドミニ ク・ドゥマルヴィル(左)と引退したミシェル・フォコネ
パイパー・エドシックから短期間でペリエ・ ジュエに移ったセヴリーヌ・フレルソン
リシャール・ジョフロワとともに13年間も働 いたヴァンサン・シャプロン(オーヴィレール 修道院で)
アンリオからマムに移っ たローラン・フレネ
ジェローム・デルヴァンの後任となったジョセ フ・ペリエのナタリー・ラプレイジュ

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