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可能性豊かな北海道 持続可能な農業が産む自然派ワイン(1) 

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日本で3番目のワイン産地


日本ソムリエ協会2021年1月刊「Sommelier」178号掲載


 北海道のワインが注目されている。ワイナリー数は40軒に達した。年間生産量とワイナリーは山梨県、長野県に次ぐ。国内で3番目のワイン産地である。


 日本の北端にある産地に注目が集まるようになったのは実は、最近のことではない。世界で最も知られるワイン本「ワールド・アトラス・オブ・ワイン」第7版が2013年に発刊された際に、マスター・オブ・ワインになる2年前の大橋健一MWが、日本編を寄稿している。


 その中で掲載された代表的ワイナリーのラベルは、シャトー・メルシャンの「桔梗が原メルロー」、小布施ワイナリーの「ドメーヌ・ソガ・メルロー」、グレイスの「甲州鳥居平畑」、アルガ・ブランカの「ヴィーニャ・イセハラ」、タカヒコ・ソガの「ヨイチ・ノボリ キュムラ ピノ・ノワール」だった。タカヒコ・ソガはドメーヌ・タカヒコが近隣農家から購入したブドウで仕込むワインだ。


 2013年10月に発刊された書籍だから、世界の専門家は2010年から2012年の状況に基づいて執筆している。ニュージーランドにはカンタベリーの地図が追加され、モエ・ヘネシーがスパークリングワイン生産に取り組む中国の寧夏回族自治区の北部の地図が初めて掲載された。ずいぶん昔のことのように感じる。


 大橋MWは当時、こう話していた。「日本の固有品種ということで甲州を紹介した。梅雨のない北海道の可能性からタカヒコ・ソガのピノ・ノワールを、大手メーカーからシャトー・メルシャンを紹介し、日本の潜在力を世界にわかりやすく示しました」と。


 北海道に注目していた専門家のビジョンが10年を経て、ようやく消費者に広がりつつあると言えよう。


収穫期の雨が少なく凍害のない函館
ハングタイムが長く、積算温度は上昇中


 北海道の強みは梅雨の影響が少なく、台風がめったにこないことだ。降雨量が本州よりはるかに少ないわけではないが、収穫時の秋が影響を受けにくい。


 クリーン・ナチュラルなシャルドネ、ピノ・ノワールやソーヴィニヨン・グリでカルト的な人気を集める農楽蔵の佐々木賢・佳津子夫妻は、ブルゴーニュ大学で学んだ栽培・醸造家だ。佳津子さんは難関のフランス国家認定醸造技師(DNO)資格を持ち、健さんはブルゴーニュ大学認定醸造技師(DTO)の資格を持つ。


 室蘭出身の健さんは、日本全国の気象データを調査した末に、函館市に隣接する北斗市にたどり着いた。2011年に土地を借りて、シャルドネとピノ・ノワール中心に植え、ソーヴィニヨン・ブラン、ソーヴィニヨン・グリ、サヴァニャン、リースリング、シュナン・ブランなど20品種を栽培している。


 北斗市の文月ヴィンヤードは函館から40分。南から南西向きのなだらかな斜面で、暖流の対馬海流の影響を受けて温暖。日照時間が長い。9月と10月の降雨量が少ないため、収穫は10月末まで引っ張れる。


 適度な日照がありながら、降雨量が比較的少ない気候は、クール・クライメットの品種に適している。アルザスやドイツを想像するとわかりやすいだろう。10月末までピノ・ノワールの収穫を引っ張れるのは大きな利点となる。


 冬は寒すぎず、積雪量も比較的少ない。気温が下がりすぎて春に芽が出ない凍害にあう心配がない。北東のより寒い産地のように、収穫して醸造の忙しい11月に急いで剪定をする必要がない。ハングタイムは110日から120日間におよび、果実はゆっくりと成熟する。ハングタイムが長ければ、香りと味わいが複雑になるのは言うまでもない。


 ただ、初夏の開花期には涼しい「やませ」が吹く。やませは寒流の上を吹く湿った北東の風で、稲穂の開花などにも害を与える。東北より北の産地の農家にとっては悩みの種だ。道南の農楽蔵では、ブドウがばら房になり収量が下がる。


 そのため、ここの平均収量はヘクタール当たり25ヘクトリットルと低い。これはグランクリュしか造らないDRC並みに低い。もっとも、房が密にならないため、ピノ・ノワールの病気のリスクが下がるという長所もある。


 一方、地球温暖化の影響を受けて、北海道の積算温度は上昇傾向にある。


 「道南の年間積算温度は例年1200度台の後半でしたが、2019年は1400度台となりました。これはディジョンとシャブリの中間くらいです。30年から40年前のブルゴーニュの気温と現在の道南が同じ程度です。2019年のワインはややアルコホリックで、酸が落ちました。もう一度、2019年のような天候になったもう少し早く摘みます」と賢さんは言う。


農楽蔵とド・モンティーユそして北海道の連携
ワイン観光で可能性を開拓も


 地球温暖化は世界の各地に、プラスもマイナスも含めて影響を及ぼしている。造り手たちはそれに対応するしかない。自然を制御はできないのだから。


 ブルゴーニュをよく知る佐々木夫妻のアドバイスは、2016年に秘密裏にプロジェクトを始動させたエティエンヌ・ド・モンティーユの考えにも影響を与えた。函館進出を決めたのは、熟成した農楽蔵のワインを試飲したのも一因と見られる。そこに、ブルゴーニュ大学の気象学者、土壌研究者フランソワーズ・ヴァニエ・プティ、地質学者らの調査を踏まえて、栽培適地を煮詰めていった。


 ド・モンティーユそして北海道の畑は、農楽蔵の文月ヴィンヤードとは函館湾をはさんで向かい合う函館の桔梗地区にある。巨大な蔦屋書店がある郊外の住宅地に近い。高台の畑からは函館湾や函館山の眺望が広がる。南から南西向きで日が長い。火山性土壌が広がる。


 技術責任者でプロジェクト・マネジャーのバティスト・パジェスは、モンペリエのフランス国立農学学院 (ENSA)で農業エンジニアリングを学び、国家認定醸造技師(DNO)の資格を取得した。


 日本暮らしは4年目に入った。畑の説明をできるくらい日本語は達者だ。スマホで話しながら、相手に「よろしくお願いします」と頭を下げる姿は、日本育ちの正しき営業マンのようだ。現地社会に溶け込まなければ、土地の風土を映すワイン造りはできない。


 「一緒に道を歩んで、最高品質のワインを造っていく。日本のワインがそれで発展していくことを期待している」


 エティエンヌは2019年夏の植樹式でそう語った。信頼の厚いバティストのたたずまいが、日本とフランスを結ぶプロジェクトの本気度を物語っていた。


 33歳のバティストは「賢さんには助けられました。函館は本州より涼しくて、ブルゴーニュ品種に向いているけど、9月と10月が暖かくてよく熟す。積雪が少ない。収穫を終えてすぐの11月から12月ではなく、3月になって剪定できるのも好条件です」と語った。


 興味深いのは、農楽蔵もド・モンティーユそして北海道も、ワイン観光の計画を持っていることだ。佐々木夫妻はワインテイスター・ソムリエの大越基裕さんと組んで、ブドウ畑の近くにワイナリーを建設し、野菜や果樹を育てる農泊を数年以内に始める。


 夫妻と大越さんは一緒にブルゴーニュで勉強していた2006年ごろからの知り合いだ。農泊はヨーロッパのグリーン・ツーリズムと同じ発想で、農村に滞在し、食事や農業体験をするもの。


 ド・モンティーユそして北海道も、畑の抜群の眺望を生かして、ワイナリーと宿泊施設を建設する計画だ。函館は今でも観光名所だが、函館市や北海道もワイン観光を推進する考えを持っている。高品質なワイン造りとともに、ワイン観光を通じてワイン文化を広めることは日本ワインの将来に大きな可能性を与える。


 ド・モンティーユそして北海道が、自社畑から収穫したブドウでワインを仕込むのは2023年で、2025年には市場に出る予定だ。大半は日本市場向けだが、一部は世界の市場にも出荷される。


 シャトー・メルシャンの椀子ヴィンヤードは昨年、「2020年世界最高のヴィンヤード50」の30位に入った。世界中のワイン・旅行の専門家がボルドー、シャンパーニュやカリフォルニアのトップヴィンヤードと並んで、長野・上田市に開かれた畑を選んだことは、ワイン産地としての日本の知名度を飛躍的に高めた。


 英国のマスター・オブ・ワインらトップジャーナリストらも注目しているド・モンティーユそして北海道の動きは、地方創生だけでなく、日本のワイン産業にとって大きな転換点となるだろう。

フランスの醸造資格を有する農楽蔵の佐々木賢・佳津子夫妻
農楽蔵の文月ヴィンヤード
ド・モンティーユそして北海道の技術責任者でプロジェクト・マネジャーのバティスト・パジェス
最初のヴィンテージのド・モンティーユそして北海道 ピノ・ノワール Oser 【豪】 2018

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