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グローバルに進化するイスラエル コーシャから世界標準のワインへ

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「Sommelier」(日本ソムリエ協会)2016年掲載

5000年以上の歴史を有するワイン造り

 新旧世界の境界があいまいになってきた。イギリスのブレグジット(EU離脱)やアメリカのトランプ大統領など、孤立主義の影がしのびよっているものの、ワイン界のグローバル化の流れは止めようがない。人的な交流と技術の伝播、品質の向上が各国で起きている。

 イスラエルもそうした中で、注目を集めている国の一つである。新世界にくくられがちだが、旧世界と呼ぶべきだろう。世界最古のワイン産地の一つといえる。イスラエル輸出国際協力機構によると、ワイン造りは聖書の時代にルーツがあり、5000年以上の歴史を有する。ギリシャ人やローマ人がブドウの樹をヨーロッパに持ち込むより少なくとも2000年以上前にワインを生産していた。ムスリムの侵攻によって、宗教目的を除くワイン生産は圧迫され、現代的なワイン造りが始まったのは1882年。フランスのエドモンド・ド・ロスチャイルド男爵が、ブドウ栽培やワイン醸造の技術をもたらした。ただ、男爵の狙いは高品質ワインではなく、後述する世界のユダヤ教徒向けのコシャーワインだった。品質革命が始まったのは1980年代。国際品種を冷涼な高地で栽培し、カリフォルニアで学んだワインメーカーがモダンなワインを生産し、世界で評価を受けた。ゴラン高原にあるゴラン・ハイツ・ワイナリーが先駆者だった。

 2016年9月に初めてイスラエルを訪れた。想像とかなり異なっていた。中東紛争を知る日本人には、戦乱の地のイメージがあるが、首都テルアビブは陽光きらめく観光地で、ビーチは欧米の旅行客でにぎわっていた。南北にのびるこの国は四国程度の大きさ。西側は地中海に面し、海岸線が伸びている。南端のエイラットは紅海への入り口となるリゾートタウン。東はヨルダンと接し、北東はシリアと接し、南西にはエジプトが広がる。エルサレムの東にある有名な死海は、海の途中がヨルダンとの国境になっている。地図を眺めただけで、地政的な困難が想像されるが、国民にはそれが日常になのだろう。北端ガリレア地方のガリル・マウンテン・ワイナリーで、テラスに立つとコーランが聞こえてきた。ヨルダンとの国境が目と鼻の先で、モスクから流れてくるのだ。「1980年代の紛争時には、あの国境線に戦車が走っていたものさ」と、ワインメーカーがこともなげに言う。

醸造長もワイン触れないコーシャの厳格な規定

 中東の理解には宗教が基礎になる。イスラエルワインを把握するには「コーシャ」(kosher)を知っておく必要がある。コーシャは、ユダヤ教の教義に即した食事規定(カシュルート=kashrut)に基づいて、食品や調味料などを認定する。訪れたワイナリーの多くが、コーシャ・ワインの認定を受けていた。そこでは、セラーに足を踏み入れる前に必ず言われた。「何も触れてはいけない」と。ステンレスの発酵槽も、熟成中の樽も。完成した栓を抜けば構わないのだが、畑から瓶詰めするまでは厳しい規則が適用されている。

 醸造中の果汁や醸造設備を触れるのは、ラバイと呼ばれるユダヤ教の指導者に限られる。ユダヤ人の醸造責任者でも、手を出せない。試飲のために、熟成中の樽から抜きとるたびに、いちいちラバイを呼ぶ。面倒だが、厳守されている。醸造で使う酵母、清澄剤、樽にも規定がある。清澄剤は動物由来のゼラチン、チョウザメの浮き袋から造るゼラチンは使えない。肉で食べてよいのは牛、羊、鹿だけで、ウロコとヒレのない魚は食べていけないという規定があるからだ。ISOと似たシステムである。ブドウ畑でも聖書時代の農業社会に回帰する決まりがある。ブドウ樹を植えて最初の3年間のブドウは使えない。ブドウの交配は禁じられている。7年ごとに畑を休ませなければいけない「サバティカル」(sabbatical)の制度がある。こうした決まりを守ったワインだけが、瓶の裏側にコシャー認定のシールを貼ることができる。コシャーの食品や産物は、トレイサビリティに優れる点で、ユダヤ人だけでなく、アメリカの菜食主義者らにも人気がある。

四国ほどの国土に土壌も気候も異なる5つの産地

 ワイン産地は5つに分かれる。北からガリレア(Galilee)、ショムロン(Shomron)、サムソン(Samson)、ジュデアン・ヒルズ(Judean Hills)、ネゲヴ(Negev)。ガリレアはアッパー・ガフィレア(Upper Galilee)、ロウワー・ガリレア(Lower Galilee)、ゴラン・ハイツ(Golan Heights)の3地区に分かれる。アッパー・ガリレア地区は森と尾根の多い丘陵地帯で、火山性土壌に砂利、テラロッサ(石灰岩が風化した赤土)が混じる。レバノン国境に近い先述のガリル・マウンテン・ワイナリーもここにある。ゴラン・ハイツ地区は標高1200メートルを超す山岳地帯。玄武岩、凝灰岩を含む火山性土壌で、冬季は雪の降るヘルモン山からの冷涼な風の影響を受ける。ゴラン高原はシリアと領有権を争っているが、雄大なガリレア湖もある観光地。北海道を思わせるスケールがあった。イスラエルを代表する高品質ワイン産地と目されている。

 ショムロンはテルアビブの北にあり、1880年に初めてブドウ畑が開かれた伝統産地。カルメル山南斜面のビンヤミナの街の周辺に畑が集中している。典型的な地中海性気候で、涼しい海風の影響も受ける。サムソンは中央部の平地で、温暖で、湿度の強い地中海性気候。砂、テラロッサが海沿い、石灰岩、沖積粘土、ロームが丘陵地帯に広がる。ネゲヴは国の半分を占める南部の砂漠地帯。北東部や中央部の高地でブドウが栽培されている。
 最も注目を集めている産地がジュデアン・ヒルズである。エルサレム西のジュデアン丘陵は、昼は温かく、夜は冷え込む。標高は800メートルに達し、表土の薄い石灰岩が広がっている。ゴラン・ハイツ・ワイナリーの国際的な成功を受けて、1980年代末から多くのブティック・ワイナリーがここで誕生した。88年にワイナリーを設立したドメーヌ・デュ・カステルは、フランスで高い評価を受け、世界にイスラエルの存在を広めた。今はそこに続く2世代目の生産者が登場している。2016年にイスラエル初のマスター・オブ・ワインとなったエラン・ピックがワインメーカーを務める「ツォラ・ヴィンヤード」(Tzora Vineyards)が、その代表例だろう。世界標準のワインを造っていて、イスラエルの最高峰を行く。大半のワイナリーが90年代以降に設立されたイスラエルは、原石の埋まった宝庫と言えよう。

エラン・ピックMW手掛けるツォラ・ヴィンヤード

 ツォラ・ヴィンヤードを、エランの案内で回った。標高は650から700メートル。丘陵地帯にあり、丘と丘のすき間から涼しい風が吹き続ける。地中海性気候ではあるが、海からの冷涼な影響を受けている。畑の母岩は石灰岩で、表土は30センチ前後のテラロッサ。イスラエルはボルドー品種の赤が中心を占めるが、エランの真価は白ワインとローヌの赤に表れる。ソーヴィニヨン・ブラン100%の「Shoresh Blanc 2015」は抑制されたスタイルで、精妙さがあり、塩みのあるミネラル感を伴う。熟成は500リットルの古樽で行う「Judean Hills Blanc 2015」はシャルドネ86%とソーヴィニヨン・ブラン14%のブレンド。低温発酵して、フレンチバリックでシュールリーにより8カ月間熟成し、ステンレスタンクに移した。マロせずリンゴ酸を保持し、緊張感を保っている。早めの7月末に夜間収穫した。世界の潮流を知るMWらしいチューニングを細かく施し、冷涼感を保っている。

 赤ワインも上手だ。「Shoresh 2014」は、カベルネ・ソーヴィニヨン53%、シラー43%、プティ・ヴェルド4%のブレンド。調和がとれていて、エレガント。シルキーでうまみがある。重くならないようにして、アロマを表現するという狙いが達成されている。「Misty Hills 2013」はカベルネ・ソーヴィニヨン55%、シラー45%。シラーは表土の浅い北向き斜面から。

 「地中海性気候のイスラエルには、赤のローヌ品種の可能性がある。標高の高いゴラン・ハイツの火山性土壌にはボルドー品種が適しているが、石灰岩土壌のジュデアン・ヒルズは違う。赤ワインはペトリュスの醸造長を務めたジャン・クロード・ベルーエのコンサルティングを受けている。イスラエルのワイン造りは歴史が短いから、コンサルタントの知見が有効だ」 

 エランはカリフォルニア大デイヴィス校で学んだ。MWのリサーチ・ペーパー(論文)は「イスラエルの重要な畑のメソクリマ(微気象)の多様性の定量化」。ボルドー最高のワインメーカーと共に働き、イスラエルのテロワールを探っている。ジュデアン・ヒルズの生産者が集まったテイスティングでも、フランスやカリフォルニアで学んだグローバルな視点を持つワインメーカーが大勢いることはうかがえた。Flam(フラム)やShiloh(シロ)など将来性を感じさせる造り手たちは、洗練されたモダンなワインを造っている。

世界進出の道を開いたゴラン・ハイツとドメーヌ・デュ・カステル

 一方で、ジュデアン・ヒルズと言えば、イスラエルの水準を世界に知らしめたドメーヌ・デュ・カステルを忘れてはいけない。レストラン・オーナーだったエリ・ベンザケンが、自宅の隣の畑にカベルネ・ソーヴィニヨンとメルロを植えたのが物語の始まりである。1992年に最初に造ったワインは2樽で600本。1995年に瓶詰めしたこのボルドータイプの赤ワインが、オークションハウス「サザビーズ」のセレナ・サトクリフMWの目に止まり、賞賛されたことで、世界地図に載った。想像していたより大きなワイナリーを訪ねると、エリはわざわざ古い「ドメーヌ・デュ・カステル グランヴァン 2000」を開けてくれた。衝撃だった。なめらかなテクスチャー、凝縮した果実とバランスのとれた味わい、ほのかな青さが複雑性を生み、メドックのスーパーセカンドーに匹敵する味わいだった。

 また、産地によるテロワールの違いを実感したのは、ゴラン高原にあるゴラン・ハイツ・ワイナリーだった。カリフォルニア・ナパヴァレーのようにモダンで巨大な施設で、ボルドー、ブルゴーニュ品種のほか、スパークリングワインも生産している。ヤルデン・ブランドのピノ・ノワールは、2012年に東京で開かれた世界最優秀ソムリエコンクールのブラインド・テイスティングに出題されたことでも知られる。試飲した20種のワインはクリーンに造られ、欠点の見つからないスタイル。濃厚なだけでなく、引き締まった酸がある。ここでも、「ヤルデン カベルネ・ソーヴィニヨン 1995」の長期熟成能力に驚かされた。90年代はボルドーでも品質は改良途上にあり、畑でもセラーでも、様々な技術が導入されていた。当時から、ゴラン高原にはポテンシャルがあったことを物語っている。

 ワインメーカーのヴィクター・ショーンフェルドはカリフォルニア生まれ。カリフォルニア大デイヴィス校で学び、シャンパーニュのジャクソンで働いた。1992年からゴラン・ハイツのヘッド・ワインメーカーを務めている。畑の気象測定機や光学式選果台など、コストのかかる最新の設備を導入している。ここでブラン・ド・ブランやロゼのスパークリングを造るのは、彼の経歴と無縁ではない。マロラクティック発酵を回避して造れるスパークリングは、冷涼感とフレッシュ感がある。ヴィクターは「苗木の輸入が増える中で、リーフロール・ウィルスにかかった畑が増えてきた。今後は植え替えも進めなければならない。ゴラン・ハイツはウィルスフリーの苗床を設立し、国全体に供給する」と語った。

紀元前後にキリストが飲んだ土着品種マラウィ

 イスラエルは国際品種ばかりではない。国際市場を意識したワイン生産が進むと、土着品種に回帰する。そうした動きはどこの国でも出てくるものだ。ショムロンのカルメル山にあるレカナッティでは、古代の白ブドウ品種マラウィのワイン造りに取り組んでいる。アリエル大学がブドウのDNA鑑定を行い、食用に栽培されているマラウィを固有の品種と特定した。マラウィは、紀元前後に飲まれていたハムダニという品種と同一視されている。イエス・キリストもこのワインを飲んでいた可能性があるとして、ニューヨークタイムズやCNNでも報道された。「キリストが飲んだワイン」として話題になり、イスラエルのワイナリーとしては初めて、英国のワイン商BB&Rとの取り引きが決まったという。

 山深いブドウ畑で、若樹を栽培していた。まだ2回目の収穫で生産量は7000本弱。畑のわきのテーブルで飲んだワインは、柑橘やハーブの香りがあり、フリンティ、ミネラル感が強い。ミュスカデとゲヴュルツトラミネールを足したような香味で、ほろ苦さが残る。ワインメーカーのイド・レビンソンは「イスラム教の支配になり、ワイン栽培を禁じられた後、マラウィは食用ブドウとして生き延びた。その品種を復活させるのは、我々のアイデンティティにかかってくる」と語った。

 イスラエルのブドウ栽培面積は約5400ヘクタール、年間ワイン生産量は約1000万ケースにとどまる。イスラエル輸出国際協力機構によると、輸出量は2013年から2014年で10%増え、4000万ドルに達した。生産量の20%に当たる。小さな国に土壌と気候の多様性が凝縮している。ミニ・カリフォルニアの趣だ。まだまだ発掘と発展の可能性は大きい。エラン・ペックMWのツォラ・ヴィンヤードはコシャーだが、ワインはコシャーの範ちゅうを超えて、ヨーロッパのトップに対抗できる。イスラエルワインのコーナーが、ユダヤ人街のコシャーのショップだけではなく、普通の街中のワインショップに大きく設けられる日も遠くないかもしれない。

地中海の恵みのあるヘルシーな食

 国の人口は800万人。コシャーが強調されるため、禁欲的な国かと思っていたら、料理に関しては開けている。カシュルートがあるため、イスラエルの食事は概してヘルシーで、魚はよく食べるが、肉は少ない。食べてはいけない豚はほぼお目にかからない。フムスなどの豆料理、ヨーグルトなどの乳製品、デーツなどのナッツ、新鮮な野菜が、朝食にも昼食にも、大量に出てくる。ギリシャやイタリアなど地中海の国と似ている。体が軽い。ヘルシー嗜好の日本人女性は気に入るだろう。実際に魚料理はおいしい。目の前に地中海が広がっている。市場には魚を指定して調理してくれる「フィッシュバー」があり、勧められたタイのオーブン焼きは水準が高かった。街場のレストランでは、魚のフライや魚貝の煮込みも鮮度が高い。根拠は不明だが、テルアビブは面積当たりの寿司屋が世界一多いという話も聞いた。

 テルアビブでエランと夕食をともにした。各地で昼間に会った生産者が集まっていて、様々なワインを飲みながら、まじめにディスカッションしていた。その中には、オーストラリア・メルボルンの自然派ジ・アザーライトのオーナー夫妻も混じっていた。ブルゴーニュやナパヴァレーなど、どこの産地でも行われる生産者の持ち寄りワイン会だが、新旧世界が入り混じるイスラエルらしい。ヘルシーな料理を食べながら、これがグローバル化というものなのだろうという思いにとらわれた。
海沿いにリゾートホテルが立ち並ぶテルアビブ
コーシャのワイナリーでは、ワインメーカーといえども試飲はラバイ(右)に注いでもらう(ビンヤミナで)
世界標準のワイン造るエラン・ピックMW
ボルドーに負けないワインを造るドメーヌ・デュ・カステルのエリ・ベンザケン
アッパー・ガリレアのガリル・マウンテン・ワイナリーからヨルダンとの国境が見える
市場で食べたタイのグリルは新鮮

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