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出荷量が減少するシャンパーニュの代替として、イングリッシュ・スパークリングやプロセッコが伸びている。日本人が共同オーナーとして参画する英国ハンプシャーのブラック・チョークを訪問して、好調の背景を探った。
ロンドンの金融界出身のジェイコブ・レドリーが2015年、共同所有者兼ワインメーカーとして設立した。ワインに興味を持って大学で醸造を学び、シャンパーニュとニュージーランドで経験を積んだ。ハンプシャーにあるハッティングレイ・ヴァレーで7年間ワイン醸造を経験し、生産量を40トンから650トンへと成長させた。
ワイナリーを建造し、12haの自社畑の整備を行い、2015年から2018年まではハッティングレイ・ヴァレーの醸造所を借りていた。英国を拠点とする投資家の松本健弥・美穂夫妻が投資している。友人の勧めで初ヴィンテージの2015を試飲して、ジェイコブのポテンシャルとイングリッシュワインの将来性を感じて投資を決めた。
ハンプシャーはケントやエセックスより北に位置する。ブドウ栽培の限界に位置するため、立地や品種選びが重要となる。シャルドネ、ピノ・ノワール、ムニエのほか、ピノ・プレコスとピノ・グリを植えている。36通りの異なるクローンと台木の組み合わせがある。
畑は南向き。浅い石灰質土壌。白亜の岩盤の上に火打石が転がっている。長い生育期間から、複雑で純粋な果実味と鮮やかな酸をもつワインができる。
4月から5月にかけての霜害が脅威となる。対策として「フロストガード」を設置している。夜10時に霜の予報が出ると一晩中、起動させて、ドライヤーのような吐き出し口から暖気を畑中に送る。キャンドルと違って、操作が簡単で二酸化炭素の排出量を抑えられる。
収穫は10月の中旬から下旬。25人程度で7日から10日かけて行う。シャンパーニュと同様に東欧からの季節労働者が多い。収量はヘクタール当たり7トン前後と低い。
醸造所はタンクで埋め尽くされている。クローンごとに分けて、異なるステンレスタンクや樽で発酵させる。ブレンドの選択肢を増やすことで、複雑性を出し、品質管理する。MLFの有無についても熟慮の上判断する。英国では、金融界出身者は精密で正確なワイン造りをすると定評がある。
イングリッシュ・スパークリングワインがシャンパーニュにかなわないとされる理由の一つがリザーヴワインだ。リザーヴの保持には、保管場所、貯蔵容器、電気代など資金が必要なため、新興企業には厳しい。
ブラック・チョークは果実味と純粋さにフォーカスする。ジェイコブはリザーヴワインを「対極にあり相容れないもの」ととらえている。クローンや醸造による選択肢を増やして複雑性を引き出し、ブレンドの判断に多くの時間を費やす。
6万本規模のワインナリーは小規模。醸造所で熟成から打栓、ラベル添付まで作業する。ボトリングはフランスからフェリーで来るボトリング業者のトラックが行う。自社で瓶詰めするのは10万本規模になってからと考えている。
「クラシック2021」 (Classic 2021)
シャルドネ 50%、ピノ・ムニエ 38%、ピノ・ノワール 12%。グリーンがかったレモンイエローに黒ブドウのもたらすやや濃い目の色彩。柑橘、青リンゴ、火打石、白い花、かすかなクランベリーのトーン、ビスケット、ヨーグルト、クリーンで正確な果実味がフレッシュさを際立たせる。鮮やかな酸味で、後味にグレープフルーツの皮。24か月澱熟成。塩味が寿司との相性の良さを連想させる。 8800円
「パラゴン2020」(Paragon 2020)
ブラン・ド・ブラン、シャルドネ100%(クローン:95、121、76、131)。透明度の高いレモンイエロー。シトラス、貝殻、石灰、濡れた石、ヨーグルト、潮。エアリーで繊細なテクスチャー。洗練された複雑性がありエレガント。丸みのある柔らかなボディ。余韻にレモン。ミネラル感と透明感が生み出すインテンシティが比類ない。ステンレスタンク54%、樽46%。完全に統合された樽感は、テクスチャーにしなやかさを与える。26か月熟成。MLFもファイニングも行わない。生産本数3535本。蛤のお吸い物など、ワインを合わせるのが難しい汁物にも寄り添えるワイン。16,830円
「インバージョン2020」(Inversion 2020)
ピノ・ノワール83%、ピノ・ムニエ17%(クローン:777、386、521、817)のブラン・ド・ノワール。ラズベリー、クランベリーのバックバックボーンにシトラスが立ち上がる。トースト、焼たてのブリオッシュ、濡れた石。MLFを施さないので、余韻のリンゴ酸が果実味を伴って持続する。パワフルで堅牢。生産本数1,939本。
表面をカリッと焼いたポーク、豊かな酸味で肉の脂を調和させる。1万6830円
「ワイルドローズ2021」(Wild Rose 2021)
ピノ・ノワール55%、ムニエ31%、シャルドネ14%。淡いペールピンク。レッドチェリー、クランベリー、ゼラニウム、ピンクペッパー。フラワリーでチャーミング。きめの細かい泡がフレッシュな果実を包み込む。クリーミィで旨味があり、マグロやトロの寿司を合わせたい。9900円
「ユーモア・ハズ・イット 2023」(Rumour has it 2023)
シャルドネ100%、ケント産のブドウを使用。レモン、青リンゴ、石灰、ディル、トースト。後味のミネラル感がさわやかさと複雑さを与える。マウス・ウォータリーで芳醇。しなやかなテクスチャー。新樽率33%。余韻に残る旨味。平目のカルパッチョ柑橘ソースと旨味が同調する。8800円
「ダンサーインピンク2023」(Dancer in Pink)
ピノ・ノワール 55%、ピノ・プレコス 29%、ピノ・グリ 16%。淡いサーモンピンク。フレッシュなクランベリー、ラズベリー、ワイルドベリーが口中に広がる。ストロベリーヨーグルト、ミネラル、ピンクペッパー。ボトルに閉じ込められた英国の夏。フレッシュでクリーン。フルMLFのスムースなテクスチャー。ピノ・ノワールを全房発酵してピノ・プレコスとピノ・グリを混醸。スモークしたマスにディルを添えて、彩り鮮やかに。6930円
ポメリー、テタンジェ、そして米国のジャクソン・ファミリー・ワインズ。英国南部に大手資本が進出している。スパークリングワインには初期投資と運転資金が必要となる。ジェイコブは生産、販売、成長のバランスをとることが成功のカギだと断言する。
輸出市場では、業界は協力的してマーケティング活動を行う必要があるとも語る。「個々のブランドに焦点を当てるのは国内市場では重要だが、国際市場ではカテゴリーを創造し、発展させる必要がある。トラディショナル・メソッドとシャルマの比較など品質に関する明確なメッセージの発信が不可欠となる」と。
Black chalk Wild Rose 2021は「WineGB Awards 2025」で最優秀スパークリングロゼ賞を受賞した。先人に追いつき追い越すには、唯一無二の個性が必須となる。ブラック・チョークにその可能性を見た。
Text & Photo by 近藤美伸






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