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シャトーヌフ・デュ・パプを象徴する伝説的なヴィニュロンで、シャトー・ラヤス、シャトー・ド・フォンサレット、シャトー・デ・トゥールの所有者だったエマニュエル・レイノーが長い闘病の末、25日に亡くなった。
エマニュエルの曽祖父アルベールは1880年にシャトーヌフ・デュ・パプのブドウ畑を取得した。息子ルイが1920年に引き継いで、最初のラヤスを自家元詰した。シャトー・デ・トゥール(1935年)、シャトー・ド・フォンサレット(1945年)と、家業を拡大した。
ルイが1978年に亡くなると、息子でエマニュエルの叔父ジャックが経営を引き継いだ。1990年代にロバート・パーカーが絶賛し、ジャックの造るワインはラヤス帝国を伝説へ押し上げた。スペインをはじめ、ラヤスに影響を受けた醸造家は枚挙にいとまがない。
パーカーは1990年のラヤスを「これまで飲んだ中で最高の若い赤ワインの一つ」と評した。ニール・マーティンは「神はこのようなワインを飲むためにワインを発明したのだ」とコメントした。
ジャックは1997年に急逝し、ラヤスの仕事を手伝っていたエマニュエルは3つのワイナリーの運営を引き継いだ。1998年から2002年にかけて、ブドウ畑の約50%を植え替えた過渡期を経て、2005年に安定した品質を取り戻し官能的で香り高いワインを造った。
ブドウは株仕立て。醸造は古典的なもの。素朴な醸造所で全房発酵され、コンクリート・タンクで発酵させて30年ものの600Lの樽とフードルを用いて熟成した。淡い色合いと芳香、ブルゴーニュを思わせるテクスチャー、長期熟成力は世界の愛好家を魅了した。
エマニュエルはシャトーヌフ・デュ・パプの国際的な名声に大きく貢献したが、生涯を通じて名声とは距離を保ち、公の場に姿を現すこともなかった。
エマニュエルと妻には6人の子供がいて、そのうち3人が農業に従事している。
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