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日本で高級ワインの偽物が堂々と流通しているのは、オークション企業や並行ワイン輸入業者に、鑑定能力を備える専門家がほとんど存在しないからだ。愛好家が深く考えずに、偽造品があるという疑いも持たずに、大枚をはたいて購入している。
美術品などに比べると、ワインオークションの歴史は浅い。ヴィンテージワインをクリスティーズのマイケル・ブロードベントが扱い始めたのが1966年。サザビーズのセレナ・サトクリフが70年代にこれに続き、米国では80年代に盛んになった。二次市場で流通するワインの輸入が日本で本格化したのは90年代に入ってからだ。ワインが広く普及したのは98年のチリカベ・ブーム以降だから、ワイン消費の歴史自体が短い。
パリのルグラン・グループで古酒やレア物などを専門に扱うワイン商「ヴァン・ラール・ピーター・ツーストラップ」のディレクター補を務める前川大輔さんは、フランスを主体にベルギー、スイスも含めてコレクターらから、口コミに基づくネットワークで希少なワインを集める。本物のいいワインを仕入れるのがビジネスの生命線だ。
古酒にリスクはつきもの
「現地を訪ねて、ワインのコンディションを確認する。大切なのは所有者の評判です。偽物が多くないか、状態がいいか、プロヴェナンス(来歴)がしっかりしているか。評判を聞く相手は同業他社です。プロヴェナンスは100%追跡できないにしても、購入時のインボイスやドメーヌの商品リストなどが手掛かりです」
鑑定家にまず画像をチェックしてもらい、戦前のボルドーは画像をシャトーに送ってチェックしてもらう場合もある。それでも、「ある程度のリスクは避けられない。1900年代前半のワインについて、100%偽物と言いきれる鑑定家はいないし、100%本物と断定するのも難しい」という。どんな専門業者でもリスクをゼロにはできないビジネスなのだ。
ヴァン・ラールは古酒を扱う輸入業者やワインショップなど約25社の顧客を日本に抱えている。日本国内の販売業者はヴァン・ラールの鑑定能力を信頼して購入して、顧客に販売している。それには一定の合理性がある。
ただ、古酒を扱うブローカーはフランス、ベルギー、スイスなど各国に存在する。米国からも仕入れられる。並行輸入ワインを扱う日本国内の輸入業者やショップは、過去の取り引きから生まれたブローカーに対する”信頼感”に基づいて仕入れして、販売しているのが現状だ。専門的な訓練を受けていない。自分で真贋を判定する能力と知識に乏しい。
マスター・オブ・ワインのシンポジウムでも講演したワイン鑑定の権威ある鑑定家モーリン・ダウニーのセミナーが、2017年に香港で開かれた際には、マカオを含むホテルやレストランのソムリエやマネジャーが大勢、出席していた。知識を身につけないと信用を失うという真剣さを感じた。危機感の希薄な日本とは大きな違いがあった。
愛好家はもちろん、プロでも熟成したワインの評価は難しい。鑑定能力を備えるプロを擁する輸入業者やオークションハウスが増えてくれば、日本の二次市場に大量の偽物が流通する事態は避けられているだろう。
ドットプリンターで印刷されたのが明らかなラベル
国内のオークションのチェックの甘さが露呈したのが、2020年12月に東京で行われた毎日オークションに出品されたロマネ・コンティ1985のインペリアル(6リットル)瓶だ。予想価格は700万-1000万円だった。
落札はされなかったが、明白な偽物だった。ラベル画像から、活版印刷ではなく、ドットプリンターで印刷されたことがわかる。
画像を見ると明らかだが、ドメーヌが依頼してラベル業者が作成する文字はクリーンで正確だ。ドットプリンターは、小さなピンをインクリボンにたたきつけて用紙に押し付ける仕組み。点の集合体により文字を再現している。拡大するとそれが明確にわかる。
ロマネ・コンティ1985のスタンダード・ボトルの生産本数は5443本。収量は22.48hl/ha。優良ヴィンテージで、ロバート・パーカーが100点を与えたため、世界のオークション市場では高値で取り引きされている。ワイン・サーチャーでは、スタンダード・ボトルが2万から3万ドルで取引されている。
専門家による鑑定をせずに出品
HPによると、毎日オークションは美術品やジェリーを取り扱う、国内最大級の美術品オークション会社。毎日新聞の関連会社「毎日コミュニケーションズ」(現マイナビ)の美術事業本部から分社化されて、2001年に生まれた。1989年にオークションを始めた。新聞社の関連企業ということで信頼がある反面、社会的な責任も大きい。
今回のボトルのチェック体制はどうなっていたのか。毎日オークションにメールで質問したところ、以下のような回答が返ってきた。
「通常の行程ですと、判る限りの流通来歴精査やワインの流通に精通した方にご意見を伺うなどを経て出品についての判断を致しておりますが、当該LOTにつきましては、実物を専門家による鑑定などを実施せずに出品に至ったものでございます。当該LOTは不落札となったため、結果として流通させることはございませんでしたが、偽造ワインが再販市場で出回っているという指摘も受け、今後もより一層の精査に励み、アイテムによっては専門の鑑定家の方々からのご意見を伺うなどして出品精査を致して参る所存です」
国内では、シンワオークション、海外酒販、SBIアートオークション、毎日オークション、Top Lotが定期的にワインオークションを行っているが、鑑定能力を有する専門家はごく少ない。今回の偽造ワインは、オークションハウスのチェックが甘い状況を浮き彫りにしたと言えよう。
偽物があると考えていなかったオークションハウス
「Top Lot」のアドバイザーを務める鑑定家の堀賢一さんは「オークションハウスは、ワインに偽物があるとは考えていません。金銭的な余裕もないため、日本では鑑定家が育ってこなかった」と指摘する。
堀さんが3年前にSHINWA AUCTION にワインオークションのアドバイザーを打診した際も、同社の上層部には「売り上げが増えるわけでもないのに、どうしてそんな人間を雇うんだ」という意見があったという。
堀さんが買い取り業者などから持ち込まれて鑑定するロマネ・コンティのほぼ半分は偽物で、出品を断るという。高級ワインのダークサイドの闇は深い。
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