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シャンパーニュのポメリーと日本料理の京都𠮷兆。長い歴史を持つもの同士のペアリングを探求する晩餐会が企画され、桜が満開の4月に「京都吉𠮷兆 嵐山本店」に足を運んだ。
甘口が主流だった19世紀、マダム・ポメリーが初めて辛口のシャンパーニュを造ったポメリーと、日本料理の頂点に立ち続ける京都𠮷兆。両者がタッグを組んで、4年間かけてペアリングの真髄を探る。提案したのは京都𠮷兆の徳岡邦夫総料理長だ。コロナ禍以降の食の価値観の変化に注目した。
「生きることへの執着や健康への関心が高まった。世界中のシェフが魚を生で食べることや、腸内環境を整える発酵食品などを取り入れている。小林圭シェフがミシュラン3つ星を取って食の世界は大きく変化した。一方で、ドリンク業界の変化は前向きではない。若者のアルコール離れが進み、対応としてラベルの工夫や低アルコール度の飲み物が出てきたが、健康や長寿への可能性を探る本格的な動きは進んでいない」
3回目となる今回の特別晩餐会には、ブランケン・ポメリー・モノポールグループのナタリー・ブランケンCEOが来日し、シャンパーニュポメリー×京都吉𠮷兆×ムニ・アラン・デュカスによって催された。
日仏の伝統がどう寄り添うのか?
テーマは自然が目覚める春。四季の食材を合わせるというシェフの取り組みにナタリーが共感した。
徳岡総料理長は会の冒頭に「和食とシャンパーニュは合わない」と発言し、出席者を驚かせた。その裏には、異なる食文化から生まれてきたものだから、ペアリングをするには寄り添うための努力が必要だという意味が隠されていた。
全日本最優秀ソムリエの岩田渉さんによるワインのサーブで、豪華なディナーが始まった。2018年をベースにパーぺチュアル・リザーブをブレンドした「アパナージュブリュット1874」からスタートし、プレスティージュ「ルイーズ」の各キュヴェが供された。
シャルドネ65%とピノ・ノワール35%というルイーズの品種比率を徳岡料理長が称賛。シャルドネのミネラル感が、和食の旨味と見事にマッチすると言う。昆布出汁や凝縮した蛤の旨味とのペアリングでそれを実証した。
「アパナージュ・ブリュット 1874」(Apanage Brut 1874)
輝きのあるやや濃いゴールド。フレッシュなレモン、レモンパイ、メレンゲ、サンザシ、石灰、潮のヒント。柔らかいアタックで、純粋な果実の甘みが柔らかいテクスチャーを作る。繊細な泡。余韻に残るトースティなほろ苦み。
「キュヴェ・ルイーズ・ナチュール 2006」(Cuvee Louise Nature 2006)
柑橘の皮、洋ナシ、潮のミネラル、トースト、燻製のアロマ。ノンドゼでテンションのある酸が全体を引き締めている。ミッドパレットは豊かに果実味が広がる。
岩田ソムリエは、「ナチュール2006」の温度を7度まで下げて供した。低い温度でノンドゼのタイトさが強調され、甘口だったシャンパーニュにBrutという新しいカテゴリーを作ったポメリー=辛口のイメージを印象付ける演出。さすがトップソムリエとゲストを唸らせた。
「キュヴェ・ルイーズ 2004 マグナム」(Cuvee Louise 2004 Magnum)
有核果実、カリンの砂糖漬け、モカクリーム、トースト、蝋蜜、石灰のミネラル。中盤から口中に広がる果実のコンフィのような甘さ。マグナムで熟成された豊さと奥行きがある。ピュアでなめらかな口当たり。
「キュヴェ・ルイーズ 1998」(Cuvee Louise 1998)
完熟した赤系果実、蝋蜜、モカ、ブリオッシュ、マッシュルームのヒント。複雑さはあるがピュアなフレッシュ感も保持。シルキーな泡とクリーミーなテクスチャーにうっとりする。
「キュヴェ・ルイーズ・ロゼ 2000」(Cuvee Louise Rose2000)
オレンジがかった黄金色の熟成ロゼ。砂糖漬けの赤系果実、アプリコット、ドライクランべリー、干し柿、クラッシュした赤い花びら、紅茶の茶葉、香ばしく焼いたパン、アーシーなニュアンス。
「キュヴェ・ルイーズ・ロゼ 2004」(Cuvee Louise Rose2004)
熟成を感じるアプリコットカラーを帯びたピンク。ラズベリー、ワイルドベリー、桃のシロップ、バラの花弁、ハチミツ、トースト。バランスがとれていてしなやか。カスタードクリーム様のなめらかな余韻が続く。
「キュヴェ・ルイーズ 2006 パルセル」(Cuvee Louise Rose2006 “Parcelles”)
フローラル・ガーデンの華やかさ、オレンジゼスト、カモミール、トースト、燻製の香ばしいアロマ。熟成に由来する奥行きがある。
細部にほどこされた工夫、精密で粋なペアリング
特に印象的だったペアリングをいくつか紹介する。
キュヴェ・ルイーズ・ナチュール2006と向附の伊勢海老汐仕立て
バター風味のパン粉と海老殻揚粉が使われていて、かみしめると海老の風味が広がり、バターがそのあとを追いかけてくる。全体には和食のテイストだが、後からアメリケーヌやバターが追いかけてきて、口中で和洋のマリアージュができあがる。そこに、ルイーズ・ナチュールのピュアなシャンパーニュが加わり一層華やかになる。
キュヴェ・ルイーズ1998と八寸
様々な食材を使う八寸とワインを合わせるのは難しい。熟成シャンパーニュは、からすみ、鮑の肝ダレ、鮒ずしなどワインと合わせにくいといわれる食材をもすんなりと受け止める。嫌味のない複雑さのあるキュヴェ・ルイーズ 1998だからこそ成せる業。フレッシュなシャンパーニュでは受け止めきれない熟成の力。
キュヴェ・ルイーズ・ロゼ2000と厚切りしゃぶ
二種類の牛肉と二種類の調理法を一皿に。米沢牛のロースをタレ焼きに、京都牛のフィレは、厚切りにして鶏汐出汁にて、低温調理。しゃぶしゃぶ風に仕立て。生、焼き、煮た野菜と一皿に盛り込む。厚切りにして、肉汁を中に閉じ込めているので、嚙みしめた時にジュワッとあふれる肉汁がシャンパーニュの果実味と溶け合う。穀物由来の日本酒では体験できない果実味とのマッチング。キノコとロゼのアーシーさが同調。
「キュヴェ・ルイーズ・ 2006パルセル」と大豆のクリームに湯葉のクルスティアンカカオのグラニテ
デセールにもExtra Brutの辛口シャンパーニュをペアリング。「デセールには、Demi sec、 Sec、Douxといった残糖度の高いワインを合わせるのが一般的だが…」と、ムニ・アラン・デュカスのアレッサンドロ・グアルディアーニ・エグゼクティブシェフに尋ねたところ、フランスでも辛口ワインとデセールのペアリングは稀との回答。今回は、甘みのあるデセールに、ドザージュの甘みを合わせるのではなく、熟成ワインの旨味を合わせるという新鮮な試み。
食文化の違いをペアリングで克服
ほろ苦みを美味ととらえる日本の食文化は、欧米人に受け入れられるのだろうか?春の食材は苦味のあるものが多く、ワインに合わせると収斂性につながってしまうことがある。その難しさは岩田ソムリエも指摘していた。
木の芽やアワビの肝ソースには独特の苦みがある。日本人にとって苦みは美味しい味覚のひとつだが、この風味を欧米人は本当に美味しいと思うのか?
ナタリーは答えた。
「ルイーズの甘味と食のほろ苦みが合わさると、絹のような感触になる。とても優しく柔らかく、興味深いペアリングになった」
ドザージュの甘味は和食の苦味と相性が良い。スイートケーキとコーヒーのようにコントラストが生まれる関係が出来上がる。
ナタリーはとろの握りを印象に残った料理として挙げた。
「シャンパーニュの高い酸味が脂分の多い料理を受け止め、最終的に全体を均衡のとれたものにする」。このペアリング探求の取り組みを「イノベーショナルで、真のセンセーション」という言葉にした。
ナタリーは男性優位のシャンパーニュ業界で、大手メゾンの数少ない女性CEO。甘口ワインを初めて作ったポメリー社の改革的なエスプリは健在だ。
インバウンド対策ではなくマーケットは世界…徳岡総料理長
しめに出された貝寄御飯は、バター醤油をかけていただいた。これが徳岡総料理長の冒頭の挨拶にあった「シャンパーニュと和食が仲良くなるための歩み寄り」なのかと尋ねた。彼には特別なことではなく、京都𠮷兆では普段からバター醤油は使っているそうだ。バターの分量比率を変えてペアリング対応しているという。
インバウンドの影響が和食にも及んでいるのかという問いに対して徳岡総料理長は、単に世界がマーケットなのだと答えた。
「マーケットは広い方がいい。日本人、インバウンドというくくりではなく、京都𠮷兆のターゲットは世界の富裕層」と。富裕層は様々な国に旅行をして、世界の食に通じているので、料理人も世界の食材や料理法を融合していくのだという。
パリやアメリカのフレンチレストランで食事をしても、和の食材に出会うことも多い。
トランプ大統領の関税問題で飲料業界には摩擦が生じているが、職人や消費者レベルでは、世界はボーダレス化に向かっている。
伝統にあぐらをかいていたらすぐに時代に置いていかれる。飲食の世界はクリエイティヴ。古い価値観や固定観念に縛られず、常に探究心を持って進まなければならない。
Text & Photo by 近藤美伸






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