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国際的なワインコンペティションでメダルを獲得する日本ワインが増えている。大手メーカーはコストをかけてなぜ出品するのか。大勢のプロが自腹で審査に参加する理由は。ロンドンで開かれる世界最大級のインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)で審査員を3年務めてきた体験も踏まえて考察する。
4月に開かれた今年のIWCには30か国から200人以上の審査員がロンドンに集結した。私はアソシエイト・ジャッジを2年間経験し、今年は正式なジャッジ(審査員)として参加した。コンペティションの権威のためには、審査員の質を高く保つ必要がある。
ワインの品質とジャッジの能力を相互に評価するシステム
IWCではパネル・チェアがリーダーとなり、シニア・ジャッジ1名、ジャッジ2名、アソシエイト・ジャッジ1名の計5名がチームになりブラインド・テイスティングする。パネル・ジャッジは基本的にマスター・オブ・ワインかマスター・ソムリエ、あるいは相当する能力を有する専門家が務め、総合的な判断を下す。
審査は厳格。第1週はメダルに値するかアウトかを審査する。第2週はゴールド、ブロンズ、シルバー、コメンテッドの4つにワインを分ける。その中には1週目でアウトになったワインも忍び込ませてある。主催者がジャッジのスキルをチェックする狙いだ。
ティム・アトキンMW、ジャーナリストのジェイミー・グッド、評論家オズ・クラークらのコ・チェアが、メダルを獲得できなかったワインと授与されたメダルをすべて試飲し、評価を再検証する。最終的に、ゴールド受賞ワインの中から、最上位ワインを決めるトロフィー審査がコ・チェアによって行われる。
チームは毎日入れ替わり、朝から夕方まで約70本に真剣勝負で向き合う。1日の終わりにジャッジ同士によるフィードバックのメールが届く。「役職としてのスキルを満たしているか適任か」といったアンケートに回答する。自らも審査される緊張感がとぎれない。
“ビッグフライト”と呼ばれる12本前後のテイスティングは、集中力を持続させるタフさが要求される。シラーやカベルネ・ソーヴィニヨンなどタンニンの多い品種のビッグフライトは、口中にタンニンが蓄積される。集中力を切らさないようにワインに向き合う。
吐器を使用してもワインと共に唾液も排出するため、1日で3Lの水分が失われるという。意識的に水を飲んでコンディションを保つ自己管理が欠かせない。
情報のアップデートがプロには欠かせない…キャシィ・ヴァンジルMW
パネル・チェアを務めるアフリカ大陸初のマスター・オブ・ワインとなったキャシィ・ヴァンジルMWに話を聞いた。2022年間から2年間、マスター・オブ・ワイン協会の議長を務めた。大橋健一MWのメンターを務めた献身的な教育家だ。
20年間にわたり世界で10を超すコンペティションのジャッジを務めてきた中で最も厳格なコンペティションとして、IWC、デキャンター・ワールド・ワイン・アワード(英国)、上海IWCの3つを挙げた。
「IWCの特徴は授与されたメダルがすべてのカテゴリーで一貫しているかをダブルチェックする点と民主的な運営」と言う。
MWには報酬が支払われるが、多くのジャッジは飛行機もホテルも自腹。それでもドイツ、スイス、アメリカ、カナダ、中国、メキシコなど世界中から多くのプロが渡英するのはなぜか?
キャシーの答えはCPD(Continuous Professional Development)。(プロとしての継続的前進)
「プロとして学び続け、情報をアップデートする。世界のコンペティションのジャッジをするのは自分の味覚を研ぎ澄ましておくため。国際的なスタンダードやスタイルを知ることができ、南アフリカで他のジャッジに情報を提供できる」
ワイン界のトップは常に走り続ける。学びを止めたら、後から出てくる人たちに追い越されるのだ。
自国のワインや酒の位置づけを把握する…大橋健一MW
SAKE部門のコ・チェアマンを務める大橋健一MWは「世界の中で自国のワインや酒がどの位置にあるかを把握できる」と語った。
「日本はブランドで酒を評価する傾向にあるが、外国人は違う。シャトー・マルゴーは嫌いだが、パヴィヨン・ルージュは好きだと言ったりする。コンペティションはブラインドで評価するので、ダークホースが頂点チャンピオン・サケになることもある。チャンピオン・サケは売上に直結する」
英国のコンペティションの高い客観性も評価する。
英国は冷涼な気候のため、自国でワインが造れず、世界からワインを輸入してきた。歴史的にシステマティックにワインを評価する方法やワイン教育産業が発展した。
コンペティションの評価は世界のトレンドを映す。抽出の強いワインはオールド・ファッションと言われ、クールクライメット・ワインのエレガンスは近年高く評価されている。西オーストラリアのマーガレット・リヴァーはその代表例だ。新興国は玉石混合で、日本ワインはここに位置している。
日本ワインの世界進出は可能なのか?
甲州の評価は高い。ジャッジから中央葡萄酒の「グレイス」という名前を聞くことは多い。「10年以上前から世界のコンクールに出品しメダル受賞を続けてきたので、甲州の認知度をアップさせた。
キャシーは「世界のワインが集まる英国は重要な市場。コンクールへのワインはバイヤーへのアプローチの第一歩となる。最高品質だと思うワインを出品するべき。品質の良くないワインを出品すると評価が下がって、関心が失われる。甲州は日本のシグネチャー・ワイン。北海道のピノ・ノワールも目立ってきた。産地を形成して、入り口を作るのがはじめの一歩」
ジャッジをしていると山梨、長野、北海道などのリージョン・フライトにも出くわすが、日本国内の産地のアイデンティティは世界に浸透していない。ワイン銘醸地に必須のテロワール情報も確立していない産地が多い。最近は日本でも、産地形成の重要性がささやかれるようになってきた。これからなのだろう。
キャシーは消費者の声の大切さも指摘する。
「南アフリカは1994年まで、ヘビーな抽出で、ストラクチャーに欠けるワインが多かった。古いボルドースタイル、タンニンの多いビッグワインや、ピノタージュなどがその例。1997 年以降は、消費者の求めるものを造るようになった。シュナン・ブラン、カベルネ・フラン、グルナッシュ、シラーなどに舵を切った」
キャシーはどのように品質評価をするのか。
「まずBalanceがとても大事。それからIntensity(強さ)とComplexity(複雑さ)、そしてRefreshment(爽快感)。もう一杯飲みたくなるのが爽快さのあるワイン」と。温暖化の影響で爽快感は今後も注目されるだろう。
品種や地域のTypicity(典型性)の重要性も指摘する。産地のTypicityの確立と発信は、日本ワインにとっての課題となっている。
私がジャッジをする過程で、ワインのもつエネルギーを高く評価する議論にしばしば出会った。
エネルギーのあるワインに心動かされる。ワインのエネルギーとは、雨の日も風の日も泥にまみれながら我が子のごとくブドウを育て、良いワインを造るために注がれた造り手の情熱の結晶なのだと思う。
Text and Photo by 近藤美伸





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