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日本ワインを牽引する産地となってきた北海道。その中で生産量第2位の空知は厳しい気候の豪雪地帯で、2-3haの自社農園でワインを生産するドメーヌが多い。妖艶なピノ・ノワールで知られる三笠市のタキザワ・ワイナリーを訪ねて北海道のピノ・ノワール造りを探った。
ブルゴーニュでは必ずしも子どもがドメーヌを継ぐとは限らない。タキザワワイナリーもそうだった。札幌で珈琲店を営んでいた滝沢信夫さんが2013年に設立したが、3人の子どもは別の仕事をしていた。栽培醸造責任者だった30代の影山航大さんが事業を引き継いだ
2023年8月。滝沢さんの家族から影山さんに電話があった。
「あと1週間ももたない。影山さんに来てほしいと言っています」
自宅で寝ていた影山さんが駆けつけた。「車いすでも何でもいいからとにかくワイナリーに行く」と言っていた滝沢さんの容態は予想以上に悪かった。
「社長、安心してください。美味しいワイン造りますから」
影山さんはそう声をかけて滝沢家を出た。その3時間後、帰らぬ人となった。
1か月前、「影山がひきついでくれたらいいな」と言われていたのが信じられない。影山さんは本気で受け止めていなかった。悲しみの中で元気を振り絞ってワイン造りにむかった。
低収量と除梗 森林褐色土壌が余市との違い
タキザワワイナリーは2.5haの畑の全てが南向き。粘土質の多い森林褐色土壌が広がっている。山間地域に位置する三笠は生育期間の日較差が大きい。昼夜の気温差が夏で35-20度、秋は25-10度となる。厳しい気候で収量が少ないため、果樹産地としては発展しなかったが、ワイン造りではこの低収量がアドバンテージとなる。
「ブドウの収量が低いので味が凝縮し、寒暖差で酸が残る。果実をしっかりと表現するには、収量は40-50ha/hlまで下げる必要がある。空知の収量は、余市の農家の半分ほどに下がる」と影山さん。
空知は余市のような火山灰土壌ではない。ドメーヌ・タカヒコやドメーヌ・モンなど余市のワインの特徴となっているウマミは火山性土壌の微生物に由来するアミノ酸に起因する。影山さんはそう見ている。
空知のピノ・ノワールの良さである果実味は除梗で引き出せると、影山さんは考えている。曽我さんが牽引するワインが全房発酵して、1か月タンクに入れて何もしないのとは対照的なアプローチだ。
「除梗してもブドウを粒のまま使うこともある。果梗を入れるとpHが上がり、ダシや旨味の表現になる。柔らかい口当たりになるが、キレがなくなる。ピノ・ノワールの妖艶さを出すのには除梗の方が向く」
熟成に耐えられるワイン造りを目指す影山さんはpHを上げないようにしている。
シグネチャーワイン「陽の畑ピノ・ノワール リザーヴ 2020」は熟成させてから市場に出した。滝沢さんと造った最後のヴィンテージ。思い入れがある。果実一辺倒にはしたくないと全房発酵のワインも1割ほど使い、旨味の要素も入れた。
「良いヴィンテージで、ワイン醸造の技術も上がり、香りと味わいにまとまりが出て、長期熟成できるワインが醸造できるようになった」と。
熟成には温度管理のできる貯蔵庫が必要だが、コストのかかる貯蔵は新規参入者にとっては悩ましい。タキザワワイナリーでは、スペースが足りず、中古のリーファーコンテナーを購入し貯蔵庫にしている。
一方、新桂沢ダムの作業用トンネルも利用し始めた。貯水容量を増やすため、嵩上げ工事を行った際に作られたトンネルだ。三笠市が遊休施設として利用者を募集した。トンネル内は年間を通して約10度、湿度90%、振動は全くない。今年は3000本を熟成させた。来年は5000本を熟成させる予定だ。
世代も国境も超えて引き継がれるワインへの思い
「陽の畑ピノ・ノワール リザーヴ2020」
日本ワインによくある濁りがなく、澄んで輝きがある。オレンジがかったルビーレッド。熟したラズベリー、クランベリーの果実のアロマに牡丹、ゼラニウムのフラワリーなニュアンス。シナモンのスパイスがアクセントになり、キノコ、腐葉土の熟成香が複雑さを与える。繊細さが口中に広がると同時に、ワインのエネルギーを秘めた芯の強さがじわじわとくる。溶け込んでシルキーなタンニンが一層の優美さを表現する。高い酸味がワインに緊張感とフレッシュさを与える。ベルエポックとデカダンスを併せ持つような独特の妖艶さ。赤いベリーの長い余韻。今飲んでも良いが。長期熟成のポテンシャルがある。鴨のオレンジソースと合わせるといいだろう。
「風の畑 ソーヴィニヨン・ブラン2024」
樽からのテイスティングで、リリースは未定。やや濃いイエロー、洋ナシ、トリュフ、とうもろこし、麦わら、黄昏の畑、濡れた石。凝縮されたパワー。大地のエネルギー。芳醇で豊富な酸は熟成によって柔らかい。硬いミネラル感。非常に長い果実味の余韻。6日のスキンコンタクト、コンクリート樽で11か月熟成。ステンレス100%では硬すぎ、木樽からの酸素共有や香りをつけたくなかったので、一昨年からコンクリート樽を使用。藁焼きカツオをたっぷりの薬味野菜と。
販売と同時に売り切れるタキザワワイナリーのピノ・ノワールは、愛好家の間でブルゴーニュ的なワインと評判が高い。影山さんのお里を尋ねると、隣接する畑の宮本ヴィンヤードの当主宮本亮平さんだという。
それでは宮本さんの師匠は?と尋ねると、モレ・サン・ドニのジャッキー・トルショー、シャンボール・ミュジニーのジョルジュ・ルーミエ、ニュージーランドの楠田浩之さんの名前が挙がった。
「真似したいわけじゃない。引き継がれていくということ」と影山さんは語る。
滝沢さんのモノ作りの精神は、影山さんが造るワインの中で生き続けている。北海道のピノ・ノワールは、2000年の歴史を持つブルゴーニュから多くのことを学びながら前進を続けている。ワインにかける思いは国境も世代も超えて引き継がれ、まだ見ぬ未来へとワインの歴史は紡がれてゆく。
Text & Photo by 近藤美伸
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