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ドイツ・ファルツのベルンハルト・コッホ醸造所の醸造責任者、坂田千枝さん。ワイン醸造家の安蔵光弘さん。グローバルな視野を持ちながら背景の異なる醸造家が、昨年12月と今年1月に北海道で相次いでセミナーを行った。日本のワイン産業の将来を考えさせる示唆に富む内容だった。
ベルンハルト・コッホの坂田さんは2013年、ドイツ在住のアジア人で初めての醸造責任者となった。醸造所はファルツのハインフェルド村に拠点を置き、50haの畑を所有する。2003年、高校卒業後ドイツに渡り、職業訓練校で学びドイツ国内の様々なワイナリーで働いた。
昨年12月、空知でセミナーを行った。22年のキャリアを持つ坂田さんに、歴史の浅い日本のワイン造りはどう見えるのだろうか?
「日本でワインを造るのは、ドイツの20倍以上難しい」
ドイツのようにすぐにフランスやイタリアに学びにいける環境にはない。湿気が多く台風もありる。過酷な条件にもかかわらずワイン造りを志す日本人は、相当な向上心を持っている。坂田さんは日本人のメンタリティの強さと努力をそう称賛する。
ワイン産業の視点を忘れない。醸造所の生産量は60万本を超す。自分のワインを客観的に見て、売ることを考えてワイン造りをしている。効率の良いマネージメント能力も求められる。ドイツでは仕込み時期以外の残業はない。限られた時間内ですべての工程を終わらせる必要がある。
コストのかけ方を除梗を例にとって説明する。
「手で除梗することで、3000円のワインが4800円になったら売れる層が狭まる。自分でブラインド・テイスティングをして、その手間がお客さんに伝わるのかどうかを見極める。意味がないと思ったら、すぐに機械除梗に変えます」
北海道のピノ・ノワールについて、率直な感想を尋ねた。
「マセラシオン・カルボニックが多いのでにごりが多い。自然派ワインの好きなお客さん以外は、にごりが好きではない。亜硫酸を入れないことで生じるリスクをお客さんに押し付けてはいけない。リスクは自分のセラーで排除するべきです」
ドメーヌ・タカヒコの影響を受けて、空知でも全房発酵を行うワイナリーもある。坂田さんは自分の環境に合ったワイン造りを提唱する。
「果梗を入れて何がしたいのかを考えるべき。梗を食べておいしいですか?全房発酵を採用しているのはブドウが完熟できる地域。pHが低いから梗を入れてもバクテリアが発生しないのです」ときっぱり。
みんなできちゃう、まずいワイン
今回の空知ワインセミナーのメインテーマは、「みんな、できちゃうよね。まずいワイン」だった。
「同業者同士なので正直な話しをします」と、実用的な対処方法を坂田さんは伝えた。
活性炭やポリフェノールを選択的に吸着する清澄剤PVPP(ポリビニルポリピロリドン)を使ったネガティブ箇所の修正、ブレンド、低価格帯ワインとしての醸造などの対処方法を挙げた。
坂田さんが持ってきた「コッホの一番まずいワイン」に、糖分のフルクトース・リザーヴを4g、8g、12gと3段階で入れたワインを受講者とテイスティングした。一番人気は4-5gだった。12gは食事に合わせにくくなるので売りにくくなる現実も伝える。
「日本人は熱心だが情報不足です。どうしてもできてしまうまずいワインを隠すのではなく、オープンにして情報共有すれば、地域全体の品質向上につながる。産地で費用を出し合って、海外の先駆者を呼んで貪欲に学ぶことも有効です」
ワイン造りは土地の数だけ可能性がある…安蔵光弘
安蔵さんは1月に北海道西部の余市町で「日本のワイン産業に対する温暖化の影響と対応について」というテーマで登壇した。
ボルドーやメルシャンでの30年を超す醸造経験に加えて、緻密な分析データに基づいたセミナーには説得力があり、「さすがは東大出身」と参加者はうなずいた。
冒頭に紹介したのはアメリン&ウィンクラー博士によるワイン産地の気候区分。ソムリエ協会の教本から削除されている。温暖化でGDD有効積算温度によるワイン産地のクラス分けが現実と合致しなくなかったからだと解説した。
配布された資料にあった1999年のソムリエ協会教本より抜粋された27年前のウィンクラー・インデックス。1950年代にはリージョンⅣ(イタリア南部、スペインのへレス、アメリカ、アルゼンチンのメンドーサ、南オーストラリア)だった甲府は、1990年代にはリージョンⅤ(アルジェリア、シチリア、スペインのアリカンテ、アメリカのフレスノ、南アフリカ)になった。
余市は1980年代のリージョンⅠa(ドイツ、シャンパーニュ、ブルゴーニュ北部)から、2020年代にはリージョンⅡ(ボルドー、ピエモンテ北部、アルト・アディジェ、ナパ、ソノマ、サンタバーバラ)になった。
「現在の余市の積算温度は40年前の長野・塩尻よりも高い。山梨や長野がこの40-50年間で経験してきたことを、後志はこれから経験していくだろう」
新興産地は先人が失敗した事例を知って、活用していくべきだと考えている。
1980年代から瞬く間に世界的な産地になったニュージーランドも、遅れて来た者の利点として、ヨーロッパ、カリフォルニア、オーストラリアなど他の産地が培った栽培・醸造技術のノウハウを活用してきた。
甲州とマスカット・ベーリーAが圧倒的に多い山梨だが、温暖化の影響で近年はプティ・ヴェルド、シラー、アルバリーニョ、プティ・マンサンなど、酸の残りやすい品種が増えている。
北海道はナイアガラ、キャンベル・アーリーといったアメリカ系、ケルナーやバッカスのようなドイツ系品種が多いが、1990年代からピノ・ノワールが増え、最近ではシャルドネやメルロを植える生産者も増えている。
「品種の選択に正解はない。栽培負荷が少ない組み合わせを模索するしかありません」
テロワールに合った品種の目安として、収穫時にpHが上がりすぎないこととYAN(Yeast Assimilable Nitrogen、ブドウ果汁中に含まれる、酵母の栄養源となるアミノ酸やアンモニア態窒素の総量)が十分に残る品種を選ぶことだと説明した。ブドウが熟した時にpHが低く、十分なYANが残る品種は、その地域の気候にあっていると言う。
地域で情報共有して全体の品質を向上
1つのワイナリーだけでは勝負できない。地域全体の品質を向上させて、地理的表示GIがソフトブランドとして消費者に認知され、選ばれる産地になれば、地域の産業が潤う。地域で情報共有して試行錯誤を重ねていくことが大切と考えている。
日本のワイナリー数は右肩上がりで増加を続け、500を超えているが、出荷量は横ばいである。つまり、1社あたりの出荷量は減少していることが課題だと安蔵さんは語った。
「日本ワイン全体の出荷量を増やしていく活動は、日本中のワイナリーが一丸となってやっていく必要がある」
日本ワインを世界の銘醸地にするという故麻井宇介氏の思いを承継する安蔵さんの言葉に強い信念を感じる。
「フランスが1000年かけて試行錯誤してやって来たことを、日本は短期間でやらなければならない。そのためにも、日本全体で情報交換しながらやっていくべきだ」
Text & Photo by 近藤美伸
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