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ワイン産業のサステナビリティ ボルドーから探る(1)

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DRCもルソーも売り込みに出張
苦難のブルゴーニュを救った農薬


日本ソムリエ協会「Sommelier」181号


 新聞の折り込みチラシを見ていて驚いた。横浜の大手デパートが「サスティナブル」という言葉を見出しに大きく使っていたのだ。「SDGs」を前面に押し出した新聞広告やテレビのCMも珍しくない世の中になってきた。


 馴染みのなかった言葉が急に広がる状況には違和感を覚える。今ならさしずめバズワードと呼ぶべきだろうか。広告代理店があいまいに使って、独り歩きしているように思える。ワイン業界でサスティナブルが口の端に上るようになったのはそれほど最近ではない。


 初めてカリフォルニアで聞いたのは20年近く前のことだ。最新の実態はどうなのか?ボルドーに焦点を絞りながら探ってみたい。


 本題を掘り下げる前に、サスティナブルという言葉が生まれた背景を理解しておく必要がある。フランス・ブルゴーニュを例にしよう。


 19世紀末のフィロキセラ、20世紀初頭の大恐慌から2度の大戦を経て、ブルゴーニュのワイン産業は苦難の時期を過ごしていた。水面に顔をのぞかせ始めたのは偉大なヴィンテージとなった1959年以降の話といっていいだろう。


 DRCの共同経営者オベール・ド・ヴィレーヌは1960年代、ワインだけで生計が立てられるとは考えていなかった。1942年に株式会社化されたDRCが黒字になったのは1959年で、初めて配当が出たのは72年だった。


 1960年代のラ・ターシュやロマネ・コンティは現在のように高値ではなかった。4月に亡くなったカリフォルニアのサンタ・クルーズ・マウンテンズのピノ・ノワールの先駆者デビッド・ブルースの評伝記事を読んでいたら、興味深い記述があった。


 禁酒主義の家庭に育った彼は、DRCのリシュブルール1954を飲んでワインの世界に引き込まれた。スタンフォード大学の医学生だった彼には高価な7.5ドルだったという。


 ド・ヴィレーヌは1970年代から1980年代にかけて、スーツケースにボトルを潜ませて旅していた。その体験談を「ブルゴーニュ・オージュルデュイ」誌で読んだ。アルマン・ルソーの黄金期を築いたシャルル・ルソーが1950年代、ボトルを下げてロンドンに売り込みに行った話もよく知られている。


農薬や化学肥料で土壌が荒廃
反省からオーガニックやビオが広がる


 仕事を楽にしてくれる農薬が、1950年代から1960年代にかけて、貧しかった農村に広がったのは当然の帰結だった。質から量への転換は政府の方針でもあった。畑を耕す代わりに除草剤が普及した。人力と時間のかかる牛や馬は、重いトラクターにとってかわられた。病害を防ぐために薬品が広がり、害虫駆除の殺虫剤が使われた。化学肥料で手間を省いて、収量を増やした。


 セラーでは、畑や蔵に生息する野生酵母ではなく、安定した発酵の可能な産業酵母が使われるようになった。亜硫酸を多めに添加し、濾過を強くして、酸化や劣化を予防する安全策をとった。


 一方で、殺虫剤で害虫を駆除すると、生態系のバランスが崩れる。別の病害が発生し、根本的な解決にはならない。トラクターは土を踏み固め、通気性を悪くし、微生物の活動を妨げる。化学肥料や殺菌剤は土壌のバランスを崩し、ブドウの樹が病気にかかりやすくなった。


 土壌の微生物が減れば、土地の個性(テロワール)の表現は難しくなる。


 「ブルゴーニュのグランクリュに生息する微生物はサハラ砂漠より少ない」


 土壌微生物学の権威クロード・ブルギニョン夫妻が、1991年にブルゴーニュワイン委員会の講演会で発言し、畑の活力が失われている現実に警鐘を鳴らしたのはよく知られている。


 その頃から、慣行農法の反省に立って、農薬、除草剤、化学肥料を使わないオーガニックな農法に回帰する動きが広がった。一歩進んで、天体の動きを考慮してプレパラシオン(調剤)を散布するビオディナミ(バイオダイナミックス)を導入するドメーヌも90年代には登場した。オーガニックやビオディナミには各国に認証団体が存在する。


 さらに、栽培だけではなく醸造面でも、薬品のなかった時代に立ち返る動きが出てきた。野生酵母で発酵させ、亜硫酸を最大限に減らし、酵素の添加や加熱殺菌などの人為的な作業を行わない。


 昔ながらの自然なワイン造りに回帰したのが「自然派ワイン」(ナチュラル・ワイン)である。万人が認める厳格な規定や認証団体はないにせよ、世界に広がっている。日本には熱心な支持者がいる。

1980年代までは苦難の時期を過ごしたDRC
1950年代はロンドンに売り込みに出かけたシャルル・ルソー
冬の間に放つ羊が草をはむ (c)シャトー・ラグランジュ

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